リメイクver | ナノ




 先ほどの障害物リレーに出場していた選手達を見守った観客者は静かに甲冑の中身に合掌した。
 余談だが、平城真也に遠野刹那、そして冷泉紫苑の活躍を目にし、心を奪われてしまった女子生徒は少なくはないだろう。ただし、田村沙弥のためらいのない金的潰しは男子の肝を冷えさせるものの、あの超人揃いの中でまだまともに人間にやや近い田村沙弥が倒す、ということは女子の希望になった。そして皇琥珀の件だが、ボロボロになった彼を守りたいと思った男子生徒や女子生徒もいたらしい。

 しかし、目の付け所によっては楽しみ方が変わることを中原歩実と冷泉恭真は気がついていた。冷泉紫苑や遠野刹那に何かしら勝って、大好きな女性を振り向かせたい平城真也。それに気がつかず、ただ純粋に障害物リレーで平城真也や冷泉紫苑に闘志を抱いていた遠野刹那。そして、その遠野刹那の気持ちを理解し、正々堂々戦おうとする冷泉恭真。異質なのは平城真也だけだろう。

 だからこそ、楽しいのだ。
 平城真也の気持ちに気付かず、少しずつ少しずつ精神を傷つけていく。
 その悲痛に歪む表情こそが、中原歩実や冷泉恭真にとって心が踊る瞬間だった。

「た、田村さん大丈」
「皇さん、怪我してるよ」
「琥珀大丈夫か!? 今すぐ保健室に連れていってやるからな!」
「ちょ、いいよ!! そんな! 刹那や田村さ、田村君も大変そうだし」
『怪我した可愛い子をほっとけるか!』
「イケメンすぎて泣きそうだよ俺!!」


 流石と言えるべきか、田村沙弥は皇琥珀の頬に手を当て、じっと顔を覗き込み、遠野刹那は田村沙弥と顔を見合わせ、一度頷いた後に皇琥珀をお姫様だっこをした。この光景に女子は絶叫し、平城真也は皇琥珀をも危険人物としてインプットした。今、彼を止める冷却材(早乙女春樹)は熱射病にやられ、保健室で休んでいる。

 そのまま駆け出した二人の後を慌てて平城真也は追いかける。冷泉紫苑に野次馬精神はない。しかし、それが面白そうなことなら別だ。冷泉紫苑も平城真也の後を追いかけ、平城真也と並んだ。


「そんなに好きなんだ。彼女のこと」
「!!」
「眼中に入れてもらえないなんて、可哀想に」


 ここに、九条あみがいれば鬼だと身を震わせただろう。しかし、冷泉紫苑は楽しそうに笑みを浮かべ、立ち止まった平城真也を横切り、保健室へ向かう。


「…………」


 平城真也の瞳には、何も映らない。


▽△


「いやぁあああああああああ!! 来るなバカ!! 変態!!」
「ありがとうございまごっ! 殺意百パーの暴力! 惚れ惚れします!! だけどもっと罵倒して下さい!!」
「死ねくたばれエセ変態ヤブ医者がお前みたいな社畜が食べるものなんてそこのゴミで十分だ消えろクズ」
「ああああああ!! 早乙女君! 君の罵倒は天下一品です! しかし貴方はなぶりかたが弱い! もっと! もっと蹴ってください!!」
「きもいぃいいいい!!」
「足が腐る!」


 遠野刹那と田村沙弥、皇琥珀は保健室の扉に立ちすくんだ。保健室は荒地と化し、九条あみの振り上げたパイプ椅子によって背中を中心に攻撃され、ベッドの上でシーツにくるまった早乙女のゴミを見るような目線で罵倒され続ける中原実の姿があった。
 中原実は校内でも一番容姿がいいと断言できるほどの美形だが、それ以上に究極のマゾであるので彼の良さはあまり校内には広まらない。

 ここは私がと、皇琥珀を抱き抱えた遠野刹那の肩を叩き、軽く跳躍し、田村沙弥は中原実の太ももを蹴りあげた。
 ボクリと嫌な音が響く。皇琥珀は顔を真っ青にさせるが、一度倒れた中原実は何事も無かったように立ち上がり、田村沙弥の両手を握りしめた。


「この蹴りは田村さんですね! 流石です! その冷たい目線にしなやかな足に蹴りあげられた瞬間! 俺は絶頂しました! さぁ今からその責任をごふっ!!」
「うるさい。保健室は静かにするとこだ。ほら、消毒液は? 皇さんが……?」


 ジッと皇琥珀に目を向けた田村沙弥は何故か首を傾げる。何か足りない気がしたのだ。冷泉紫苑の姿がある。だけど、何かが、何かが……。


「……あれ、平城は?」
「ああ……」


 冷泉紫苑は腕を組み、来た道を振り返る。あの男の影すら見えない。
 何だ、その程度なのか。
 ふぅとため息をついた冷泉紫苑だったが、そのまま田村沙弥に向き直る。


「別にいいんじゃない? 他の女とでも一緒なんでしょ」
「え」
「……何、驚いてるの? もしかして、ずっと好かれるとか根拠もないこと考えてたの?」
「そんなこと、」
「なら、別にどうでもいいでしょ? 好きじゃないなら、友達の恋愛くらい好きにさせてあげたら?」


 冷泉紫苑は、あくまで自分の意見を述べている。父親のように、故意で二人の関係を拗らせようとしているわけではない。むしろ、二人の矛盾を突きつけただけだ。
 田村沙弥は、何も言い返せない。しかし、確かな不安に支配されたのは自分でも気がついていた。
 もし、平城真也が自分以外の女性に心を奪われていたら、友達として応援しなければいけない。


「いやだ」


 率直な感情が、口から溢れる。理由を考える余裕は彼女には無かった。
 そのまま駆け出した彼女の背を見送ろうとした刹那だが、ルパンダイブした実を本気であの世に逝かせてしまうようなむごいことをし、保健室の後始末にくろうしたのは九条あみしかしらない。