リメイクver | ナノ




体育祭の目玉というものは色々あるが、それはおそらく華やかなものとガチンコ勝負の二つに分かれるだろう。
次競技である選抜リレーは、言わずもがな後者で、運動部からの選りすぐりの猛者でひしめく中、そこに並んだ紫苑、刹那、沙弥は異色だった。

ちなみにこの選抜リレーは女子も男子も半分ずつ出し、順番を混ぜこぜにして、水無月高校で二チーム、今郷高校で二チーム組み、計四チームでの勝負である。
そこで、何の因果かこの三人が同じアンカーとして並んでしまっていた。
先ほどのリベンジを果たそうと紫苑に敵対心を持っている沙弥はもちろん、何かとスポーツで争っている刹那も珍しく温和な雰囲気を消し去っており、そこは酷く緊迫した空気に包まれていた。


アナウンスが鳴る。
銃声が響く。

リレーが、始まった。


両校とも大きな歓声が響く。見事に四チーム、速さが均衡していた。
一瞬の隙すらも許されない緊張感は一人、また一人とバトンを繋いでいくたびに膨らんでいく。
二人目、三人目。四人目、五人目。
選手の名前を叫ぶ声に、応援団の合唱。だが、選手達にその声は届いていないことだろう。
ここまで差のつかないリレーも珍しいものだ。
順位など、放送委員の解説が間に合わないほどの頻度で入れ替わっていく。
さすがに走者が女子になったチームは遅れるが、それでもまた次の走者で巻き返していける程度の距離でしかない。


息すらつけない。
そんな状態で、ついにアンカーにバトンが回ってきた。

この時点で、もう歓声も応援の声もほとんど聞こえなくなり、皆息を詰めて勝負の行方を見守っていた。


最初にバトンを受け取ったのは刹那である。陸上部ではないからバトンを受け取る瞬間に少し無駄が生まれてしまったが、持ち前の足の速さで飛び出したから、おそらくゴールテープを持って控えていた陸上部顧問くらいだろう、それに気付いたのは。
次は沙弥だった。こちらは流石経験者、見事なフォームで飛び出す。すぐに刹那に並んでしまった。
そして、紫苑ともう一人が一拍遅れで同時に受け取った。
もう一人も陸上部だったから、スタートこそ紫苑を抜くも、すぐさま抜かされてしまう。
そしてリレーは刹那、沙弥、紫苑の一騎打ちとなった。


数秒その状態が続くが、次の瞬間、紫苑が一気に二人を抜いた。




「っ…ち…くしょ…っ!」

ちくしょう。くそう。
やっぱり、男には敵わないってことかよ…!!


そう悪態をつく刹那、そして悔しそうに一瞬顔を歪めた沙弥が同ラインに並ぶ。
間近にあるのに届かない、そんな紫苑の背を追いかける形で、三人がゴールテープを切った。



「一着、冷泉紫苑!二着は田村沙弥!三着、遠野刹那!」

審判をしていた陸上部の顧問が声を張り上げる。




「っ、…くそ…!また、勝てなかった…」
「…君じゃ僕には勝てないよ」

地面に倒れこみ、心底悔しそうな声を搾り出す刹那。
そんな彼に、紫苑は非道とも取れる言葉をかけて歩き去ってしまう。だが、そんな紫苑も、今日初めて息を荒げていた。
浅い息遣いに、本気で走っていたのだと思い知らされる。


「…そんなに、"僕"に勝とうとしなくてもいいんじゃない?」
…"男"に勝とうとしなくてもいいんじゃない?
君は、女なんだから。男と張り合えるくらい、十分速いんだから。

最後にぼそりと呟いた言葉の本心は、果たして刹那に通じたのだろうか。


「っ…!勝て…なかった…」

同じく、悔しそうに息を整える沙弥。悲痛そうな声は痛々しく噛み締められた唇に阻まれて、きっと、傍にいた刹那にしか聞こえなかったことだろう。
その声に、倒れこんだままの刹那が視線をやる。そして、ふにゃりと情けなく笑って、荒い息のまま声をかけた。


「っは…はは…はえーな、沙弥嬢は…」
「…遠野、さん」
「俺、女の子に負けたの、初めてだ…ほんとすげーよ」

むくりと起き上がって、そしてにこりと笑う。
泥と汗に塗れていても、不思議とその笑顔は爽やかだった。


「いまさらだけど、よろしく!俺は遠野刹那、刹那でいいぜ」
「あ…どうも。田村沙弥、です」


唐突の言葉にぎこちなく笑みを返しながらも、沙弥は、差し出された刹那の手を握った。