美しき世界の片隅で





九条あみの朝は忙しい。

高校生であると同時にモデル業もこなすあみにとって、朝は天敵だ。
基本的に放課後に撮影を行うが故に、上手くいかなければ深夜までかかってしまうこともありえるのである。

しかし、よほどのことが無い限り、遅刻は許されない。
登校チェックを行っているのは風紀委員だが、その風紀委員を統括するのは生徒会だ。
そして、生徒会を仕切るのは、あの恐怖の生徒会長様だ。

遅刻の大義名分がある日はまだいい。
そうしてくれるように校長に掛け合ってくれたのは、彼自身であるし、横暴で独裁的な面もあるが、基本的に彼は公平だ。
自身の義務に関してはストイックにこなす。故に、彼の定めた規定の範囲内であれば、遅刻しても何も言われない。

逆に、怖ろしいのはその反対だ。
何もないのに遅刻をしてしまえば、女なら誰でも見惚れるような素晴らしい、そして綺麗な笑顔を浮かべて「ちょっと来いや」とばかりに生徒会室へと連行され、溜まった書類をやるまで帰してはくれない。
反抗などすれば、容赦のない鉄拳制裁が待っている。
一度逃げ出した時には、どういうわけか逃げ道に待ち伏せされ、そのまま首を絞められてずるずると引きずられることとなった。
従うも地獄、逆らうも地獄とはこのことである。
結局あみに残されている選択肢は、冷泉紫苑というその生徒会長に逆らわず怒らせず大人しく従う他にないのだった。

そんな想像にぶるりと身体を震わせる。
先日もうっかり寝坊をして、生徒会室に連行されたばかりだった。
もう書類整理はごめんである。

二の舞とはならないように、手早く朝食を口に詰め込む。
朝はあまり食べられない性質のため、今日は小さめのパンが一つだけだった。
オレンジジュースを飲み干し、軽く洗って制服を整える。
紫苑に咎められない程度に化粧を施し、見苦しいところがないか確認して、部屋の電気を消した。
少し遅くなってしまったかもしれない。
玄関に鍵をして駆け出す。

遠くから、騒いでいる刹那と琥珀の声が聞こえてきた。
二人がいるということは、ちょっと時間的にまずい。
急がなければ。

マンションの階段を降りて駆け出した。
また一日が始まる。