伸ばせない腕の行方






その日から、彼は時々ここを訪れるようになった。
不規則に、時折ふらりと現れる。
その様子は、彼のその暴力的なまでの美貌から、一つの話題となり、彼の来訪を心待ちにする生徒も多くいた。

まるで作り物のように、彼は美しく微笑む。
それにしても、彼は一体何の用でここに訪れているのだろうか。
年齢はよくわからないが、おそらく成人しているだろうに、彼は平日の昼間でもふらりと訪れる。

仕事は何だろう。いや、そもそも、仕事をしているのだろうか。
働く姿など、全く思い浮かばない。
むしろ奉仕される側だろう。優雅に紅茶でも飲んでいる光景が難なく想像できて、おもわず苦笑した。
そんな馬鹿な。

さすがに、仕事の一つはしているはずだ。
自由業とか、夜の仕事とか…。
そんな風に、あみが思考を飛ばしていると、不意に、廊下から声が聞こえてきた。



「やぁ、紫苑」
「…貴方、何してるの」
「相変わらずの仏頂面だね…。せっかく元はいいんだから、笑顔の一つくらい浮かべてみたら?」
「余計なお世話だね。…で、何しに来たの」
「遊びに」
「帰れ」

「紫苑、父上に向かって"帰れ"はないんじゃない?」



………。
………What?



「これが父だとか認めたくないんだけど」
「全く、酷いなぁ。誰に似たんだか」
「貴方だよ」
「ええ?僕?こんな酷い性格の覚えはないんだけど」
「女癖最悪な上に悪趣味じゃない」
「否定はしないけど」
「そこはするべきだと思うんだよね、僕の体裁的に」
「ええー…」


まさかの。
衝撃の事実とは、まさにこのことを言うんじゃないだろうか。
神出鬼没の謎の美形は、子持ちだったとは。
…いや、違う。そこじゃない。

まさか、あの冷血先輩に人の親がいたとは。
……違った。そこでもない。

まさか、あの二人が親子だったとは。
ううん、人類の神秘。




あまりの事実に呆然としていたあみは、通りがかった刹那に声をかけられるまで、その場から一歩も動いていなかった。