名も無き少女のプレリュード







超能力を持つ人間がいるということは、夢物語のようでいて、実のところそれほど遠いものでもなかったりする。
希少価値に付随する危険ゆえに、それをひた隠しにしているだけで。

現に、九条あみは、その件の超能力者だ。
別段変わった能力でもない。
探せば確実に何人かが出てくるような、ありきたりな能力だ。

九条あみは、己の意思で水を操ることが出来る。
それこそ手足のように、そこにある水分を意のままに出来るのだ。

どうして超能力なんてものを持つ人間が生まれてくるのかは知らないが、その能力はこういった自然に関するものであることが多い。
火、水、土、風、植物、天候、果ては重力まで。
能力の種類はそれこそ千差万別だが、根本的なところは統一されている。
人間の動きや精神に干渉できる能力は、数少ない能力者の中でもさらに少数で、それゆえにその希少価値は計り知れない。

とはいえ、この件は直接的には九条あみには関係がない。
彼女の保持する能力はあくまで水。
使い手としては一級品だが、レア度はそこまで高くは無い。


そんなあみの、普段の能力の使い方は、意外にもずぼらだった。
一番便利なのはうっかり水を零してしまったときに、手を濡らさずに後始末が出来ることだと本気で思っている。
操ってシンクにさよならしてもらえばいい。確かに塗れた部分はどうしようもないが、完璧な後始末だ。

夏はほどよい冷たさに、冬は適温のお湯がすぐに作れる。
ううん、なんて便利。超能力万歳。

うだうだとベッドに寝転びながら、雑誌を片手によく冷えたジュースを口に運ぶ。
耳に装着したイヤホンからは、お気に入りの曲が大音量で流れていた。
学校も仕事もない、久しぶりの休日。
いつも何かしらの騒ぎが巻き起こる学校も、普段突っ込みに奔走しているとはいえ、それなりに楽しいのは認めている。
馬鹿しかいなくても、阿呆なクラスメイトのことも嫌いではない。
それでも疲れることは疲れるのである。


たまにはこんな、怠惰な日も悪くない。
襲い来る睡魔に抗いながら、あみはそんなことを考えた。

頭がくらくらする。
無理矢理に開けようとした瞼は、重く沈みこみそうだ。

意識の落ちる、三秒前。