月が綺麗ですね




「…綺麗だろう、」


あまりに長い静寂…いや、実際に時間にしてみれば、ほんの数秒のことだったのかもしれない。それでも、その沈黙はあまりにも重かった。全ての視線を受けながら、写真立てを受け取り、ぽつりとそう零す。
その表情からは、何の感情も読み取れなかった。


「彼女は、凛架…俺の、恋人」


急速に記憶が逆流する。穏やかで優しかったあの日々が、脳裏に浮かんだ。
もう戻らない日々、失われた幸せ、自分の生きる意味。全てを失ってもなお、自分は生かされた。あの頃は、あんなにも素直に笑えていたというのに、どうして、今どれほど笑おうとしても、こんなにも歪な微笑みになってしまうのだろうか。下手くそな作り笑い。嗚呼、どうして。

どうして 僕は生きている ?

生きる意味などない。追いかけたかった、君の後を追いたかった。どうしてどうしてどうしてどうして!
どうして僕は生きている!どうして俺は生かされた!
もううんざりだ、世界のためだなんだと、理不尽に無理矢理生かされて!追いかけさせろよどうしてだどうしてどうしてどうしてどうしてどうして俺は死ねない!!
飛び降りても助かる、拳銃で頭を打ち抜いても弾は詰まる、爆撃は不発弾だ!
もう駄目だこんなに壊れたのにこんなに狂ったのにこんなに歪んだのにまだ生きろというのか!俺が何をしている、世界のために何をした!何もしてないだろう何の役にも立ってないだろう歪ませることしかしない俺なんていらないだろうさぁ殺せよ早く殺せ

死んじまえ死んじまえ死んじまえ死んじまえ死んじまえ
俺なんて、死んじまえ!!






「それ以上は、止めろ」

静寂を切り裂く一つの声。それは、恭真のものではなかった。
音もなく早乙女の後ろに佇むその男が、どこか悲痛な声で彼を制す。


「……シド、」
「…大丈夫か」


まるで守るかのように恭真の前に立ったのは、シードラ=インフェルノ。
恭真の唯一無二の親友であり、写真に写っていたもう一人であった。

彼は全てを知っている。いや、当事者だった。
だからこそ、口にはしないまでも、彼らに怒りのような感情を抱いている。あの写真は、彼ら二人にとって酷く特別な意味合いを持つものであった。
その記憶を、他人に土足で荒らされることを酷く嫌っている。それは、恭真より、むしろシドの方が顕著であるかもしれない。
シドは、シードラ=インフェルノは、これ以上恭真を傷つけるものを許さない。
彼は当時、ぼろぼろになった心を守るために自ら心を壊して、感情を捨てた。
約束したのだ。彼が、恭真が死に逝くときは、きっと傍で見守っていてやると。絶対に、一人でなんか逝かせないと。
ただ、願う。もう、早く逝かせてやってくれと。これ以上、壊してやってくれるなと。

生きていればいつか傷は癒えるなんて絵空事で、消えない傷もきっとある。時と共に癒えるどころか、傷は深く抉れて、恭真の心を、残った僅かな心さえ蝕んでいくのだ。


恭真は他人を容易く傷つける、無関係の他人を。
殺されたいから、傷つける。

だけど、シドは知っている。
本当は、本当の心の奥底では、そうではないことを。


愛したい愛されたい守りたい守られたい好きになりたい好かれたい大切にしたい大切にされたい隣にいたい隣にいて欲しい温もりを与えたい温もりが欲しい。
その願いを叶えたい相手は、もういない。

だから、見たいのだ。
自分と同じ、その狂気的なまでの愛を叶える、誰かを。
そうして幸せになる、誰かを。


そうすれば何かが満たされる気がした。