純愛




『お前の愛は、私より純粋だが……果てしなく、重い』


 ……伊織、お前の言う通り、俺は重いよ。
 俺は、沙弥に出会って、沙弥しか見えてない。何でって考えたこともあったさ。
 俺は、沙弥に愛されたいんだ。最初、俺や姉ちゃんを恐れなかったって言うのはただのこじつけ。俺は単純に、田村沙弥を好きになって、愛してしまっただけ。

 ごめん、沙弥。たぶん君が俺を恐れたり、拒絶したりしても俺は君が大好きだし、絶対に諦められない。


「冷泉……きょうまぁ……!!」


 俺が姉ちゃんだったら、コイツに勝てるんだろうか。
 さっきから攻撃しようにも、何故か近寄れもしない、殴れない。なのに、装飾品が落ちてきたり、電線が落ちてたりとおかしいことだらけ。やっと攻撃しようにも、どうも流れや癖を掴まれてしまったのか、流されて遊ばれている。


「沙弥を、返せ」


 ただ、彼女がほしいだけだ。俺はそのためなら、何だって売ってやる。捧げてやる。田村沙弥さえ俺の側に居てくれたら幸せだ。……俺のだけなら、万々歳なんだけどな。


「……死ぬ気でかかって来いよ」


 死ぬ気で殴りたい。ぶっ殺したい。だけど、そんなことしちゃ……。


「沙弥が苦しむだろ……?」
「……ふぅん」


 ゴミを見るような目で俺をみた冷泉恭真が既に目の前にいて、腹を蹴られた。俺の体重でもぶっ飛んで、壁に打ち付けられ、地面にずり落ちる。

 あー、ヤバい。死ぬかもなぁ……。


「……っ、平城!!」


 あれ、沙弥ちゃんの声が聞こえる。これは等々本格的に死の前兆か? 走馬灯に沙弥ちゃんしか出てこなかったらそれはそれでラッキーか。
 だけど、俺の腕をとった温もりに、フワリと沙弥ちゃんの独特の匂いがして、見上げたら、青い顔をした何時もの沙弥ちゃんだった。


「……さやちゃんだ」
「や、やだ。死なないで。ひらじろ……!!」
「さやちゃん」


 やった、やっと触れれた。
 冷泉恭真が俺達をじっと、何の表情も変えずに見ていただけだった。ああ、やっぱり死ねないなぁ。
 沙弥ちゃんと一緒じゃなきゃ、死ねない。
 沙弥ちゃんへの想いは溢れて、とうとう、口から溢れてしまう。


「……沙弥ちゃん」
「……?」
「沙弥ちゃんは、誰かを好きになるのが怖いのは、俺気づいてた。だけど、俺は沙弥ちゃんが好きだ。
 沙弥ちゃんが嫌って言っても、誰かと付き合っても、結婚しても、子供を産んでも、俺は沙弥ちゃん以外を好きになるなんてことは絶対に無い。これは、確信してるんだ。
 だからね、沙弥ちゃん。沙弥ちゃんが俺を振り向いてくれるまで、絶対に諦めないし絶対に離れない。関わらないなんて絶対に無理だ。忘れることなんてことあり得ない。
 沙弥ちゃんで泣いたり苦しんだりしても、絶対に変わらない。俺は君を……愛してるから」


 重い、果てしなく重い。
 だけど、それが平城真也だった。
 そんな愛に耐えられる人間なんて、本当に数えるだけかもしれない。
 田村沙弥は、そんな世迷い事を呟き、そっと彼を抱き締めた。


「分かってる」
「……え?」
「平城がどれだけ私を思ってくれてるか、それくらい理解できる。
 それでも、私は平城が好きだよ」


 平城真也の瞳は、最初から今まで金色だった。何時もの落ち着いた平城真也が、気性の荒い彼の面影で、一途過ぎて恐ろしい愛を語ったのだ。
 それを、田村沙弥は知って……好きになってしまった。


「……俺、沙弥ちゃんを絶対離さないよ? 沙弥ちゃんが嫌だって言っても、一緒に幸せになるし、一緒に不幸になる。一緒に生きて一緒に死ぬんだ。……それでもいいの?」
「……そうしたいくせに、いや……そうするくせによく言うよ」
「……確かに。ははっ……。
 沙弥、大好きだよ」
「私も」


 そっと、唇の切れた平城真也の唇と、田村沙弥の唇が触れた。甘く、重く、しかし世界中の何よりも純粋過ぎて……おぞましい恋愛。そんな彼の愛情表現を受け入れた彼女も、異常なのか。

 うっとりと見つめ合う二人は、早乙女春樹の舌打ちで我が覚めた。つかの間の夢か、真っ赤になった二人は初々しくも別方向を見て顔を真っ赤にさせる。それ以前に平城真也は別の意味で真っ赤なのだが。

 表情すら変えない冷泉恭真は、今何を考えているのだろうか。そんな彼に早乙女春樹は歩み寄り、突き立てたのはあの写真立て。


「あくまで推測だけど……貴方は、この女性を愛していた。だけど、この女性といる貴方の姿を見たことがない。
 この女性は亡くなって、貴方は歪んだのか? 今みたいな、こんな場面が見たかったのか? 冷泉恭真」


 早乙女春樹は、ただの疑問を彼にぶつけた。あんなに歪んだ性格は、早乙女春樹だって見たことがない。不思議に思っても仕方がない。

 少しだけ、静寂がその場を支配した。



純愛


 今、彼は誰を思い浮かべているのだろう。