I love you




「……」


冷泉恭真の握っていた石が、壊れた。それは、田村沙弥が己の支配下から抜け出したことを意味している。その石は黒崎リュウの結晶化能力だった。これにより、沙弥の感情の枷を握っていたが、その鎖すら砕けてしまったのだろう。しばらく石の残骸を見つめていたが、不意に興味を失ったように欠片を捨てた。

「…つまんねぇの」

映像を見つめて、そう呟く。画面の中では、沙弥と友がお互いに泣き笑いをしながら抱きしめ合っていた。電源を落とし、立ち上がる。足音は、すぐ傍まできていた。
来るのはきっと、彼だろう。彼はきっと、どこまででもやってくる。田村沙弥を取り戻すためになら、どんなことでもやってみせるはずだ。確信に近い感覚を得ていながら、それでも恭真は嘲笑う。

…本当にそうか。

本当に、平城真也は、田村沙弥のために何でもするのだろうか。彼はどこまでするのだろう。その、何でも、は、どのレベルまでの話だろうか。何でも、という言葉は実はとても曖昧で、個人によって言葉の重みが全く異なってくる。だから恭真は思っていた。
低レベルの愛情であったなら、少なくとも、自分を楽しませられなかったなら、その時は。完膚なきまでに、叩き潰してやろうと。修復など考え付かぬほど、傷つけてやろうと。
冷泉恭真は気付かない。否、見ない振りをしているのか。自分の考える愛情と、世間一般では、大きなズレが生じていることに。
彼は知らない。平城真也の愛情は、彼が思う以上に、狂気的であることに。


「…いらっしゃい、平城真也君」
「……テメーを、ぶっ飛ばしに来たぜ」


二人は知らない。
互いのその、その一途さも超えた愛情は、酷く似通っていることに。











「ふみゃあああ!!」
「友!!」

田村沙弥のいた部屋では、また再びちょっとした騒ぎが起こっていた。感動の再会を終え、さぁ元凶をぶっ飛ばし…は出来なくとも、戦っているであろう平城に加勢、もしくは、最悪見守りにくらいは行こうかと歩き出したところで、突然青空友が床に倒れた。
正しくは、立ち上がるために全体重を預けた頑丈そうな壁が、派手な音を立てて向こう側に倒れていた。
あまりの出来事に、全員がポカンとなる。しばらくの間を置いて、慌てて早乙女と沙弥が駆け寄った。そうして友を抱き起こし、一段落したところで、その異常にひんやりとした空気に包まれる部屋に悪寒を覚える。特に何もない、殺風景な部屋だった。
だが、屋敷の奥…庭に面してもいない、本当に奥まった場所にあるせいか、ろくに光も入らず、空気が冷え切っている。それにも関わらず、特に埃が溜まっているような様子もない。何のための部屋なのだろうと、全員が首を傾げた。

「……」

田村沙弥は、心の闇が晴れてから、ずっと一つの疑問を抱いていた。
それは、ある種の違和感。噛み合わない、そんな感覚だった。

皆、彼を、冷泉恭真を異常者と呼ぶ。特に、今回の一件があってからそれが顕著になった。彼は異常だと、おかしいと、狂っていると、そう言う。だとすれば、あれはなんなのだろう。あの、ともすれば溺れてしまいそうな優しさは何なのだろうか。
自分を支配するための、体のいい手駒にするための手段か。違う、それなら、あんなに自分の心に入っては来ない。完全なる偽物だとしたら、自分はあんなに支配されなかっただろう。確かに、本当に優しいわけではない、それはわかる。それでも。
あの声が、あの優しさが、全てが全て偽物だとは、作り物だとは、どうしても思えなかったのだ。



「…これ、」

早乙女が指差した、一つの写真立て。部屋の中に、ポツンと一つだけ置かれている、家具以外のもの。それを見て、沙弥は、全てが繋がった気がした。


「…紫苑さんと、風葵さん?」
「違う……これは、冷泉恭真だ…」




写真の中には、幸せそうに笑い合う幼い冷泉恭真と、黒髪の女性。
そして、笑いながら二人の肩を抱く銀髪の男性がいた。