いいんですか?
「帰ってよ……何で……何で……!?」
沙弥の精神は崩壊寸前だった。
冷泉恭真は彼女を奥のさらに奥の部屋に隠した。最後のご褒美にありつくためには、まずボスを倒さなければ……否、自分が楽しまなければいけないからだ。
しかし、沙弥で遊ぶことも止めないのが冷泉恭真。彼女に映像で敵との闘いのビデオを撮っていたものを、沙弥に見せているのだ。
偶然、荒れ果てた空間を撮し続ける防犯カメラ。ただ一つ、夜美と紫苑の闘いが映っている姿のみ画面が砂嵐になっていた。あれほどの闘いとなれば、いくら偶然でもカメラが破壊されて当然である。
沙弥にだって、彼らがただ自分を助けに来た訳でないと分かっている。彼女は鈍感な訳ではない。恋愛、友情のことに対してだけはわざと鈍感だ。一つの可能性が思い浮かんでも、拒否反応を起こして別案を考える。
ただ、やはり平城真也の愛情表現は分かりやすかった。否定も出来ないくらいに、彼は自分に対して一喜一憂を繰り返しすぎる。
友達が、こんなにもなってボロボロになっているのに、何で自分はここにいるのか。ただ、親友みたいに自分に関わった人間を不幸にさせたくないだけなのに。
ズトンッ。
背後で何かが、壊れた音がした。慌てて振り替えると、天井には穴が開き、そこから漏れる光が目の前の銀色の髪の男を照らしていた。
「たーむら、ちゃーん。
てめー、よくも勝手に拐われてくれたなオイ。で、帰らないだと?
よし、歯ァ食い縛れ。殺してやる」
「!」
突如現れた茶藤陸のナイフを使った攻撃を、沙弥はギリギリ避けていく。よくもその着物で戦えると称えたいが、彼女は元、期待されすぎた陸上部のエース。それくらいの反射神経にスピードはあるだろう。
茶藤陸は田村沙弥の着物を見た瞬間、口元を歪めた。無二の親友がこんなところで騙されて居座っているのにも無情に腹が立つのに……何で、こんな花鳥みたいな着物を着てるんだ、と。残念ながら、花鳥の着物も田村の着物も華やかならば同じにする茶藤は、彼女の着物を掴み、一気に脱がせた。
「みゃあぁああああ!?」
「似合わねー!」
「や、うわぁあああ!! ちょ、やだー!!」
「テメーはジャージとかで十分だ! そんなチャラチャラした面倒くせぇ目のいてぇもん着んじゃねー!!」
最終的に田村沙弥は茶藤陸から逃げ出して、その辺にあった自分の服を拾い、着替えた。流石にその間は攻撃もなく、何故かこちらを見なかった茶藤陸。コイツの感性はどうなってんだ。
「お前、何で帰ろうとしねーんだよ」
「……え」
「あんなヤツに、何でついていこうとしたんだよ」
こちらを見ない茶藤陸に、田村沙弥はため息をつき、話した方が、皆は帰ってくれるかなと、過去を語り始めた。
それは、自分が余りに優しすぎたらしい事実、そして一人を大切にし過ぎたからこそ、起こってしまった悲劇。
「私は、人殺しだ。
アオは何も関係ない事で亡くなった。完全にとばっちりだ。
私に関わったら、後悔す」
グイッと胸ぐらを掴まれ、立たされた田村沙弥を、至近距離で睨む茶藤陸。彼は短気で自分に正直だ。だからこそ、弱気の田村沙弥に苛立ちを覚えた。
「誰が。誰が、何時何処でどんな風にしてテメーに関わって後悔したっつったんだよ!! その被害妄想うぜーんだよ!」
「被害、妄想……!? でも、実際に」
「俺はお前と甘いもん食えてスゲー幸せなんだぞ!?」
「確かに、お前はバカだしお人好しだし無茶するから、俺だってお前を巻き込む。だけどなぁ……それ以上にお前とまたパフェとか食いてーんだよ! どんだけお前で後悔することがあっても、俺はスイ〇ラにお前と行きたい!」
自己中心的な発言、しかし、もし田村沙弥が平城真也を好きでいなかったら、目の前の男に惚れてしまったかもしれなかった。
田村沙弥はその発言に心動かされるも、やはり脳内に浮かぶのは大切な親友の亡骸。
「あ……や」
「あぁ?」
「行きたいけど……死んだら、同じ……」
「ウルサイ、バカ田村。君は君らしく、無鉄砲に人助けでもしなよ」
また、天井から声が聞こえた。降りてきたのは、何かをおんぶした黒い笑みを浮かべる早乙女春樹だった。
「早乙女……」
「クーロ!」
明るい声が聞こえた。
かつてこの声に何度助けられ、何度元気を貰ったか分からない――聞きたくて聞きたくて、仕方がない声に。
自分の好きな色をその声が呼び、そして早乙女春樹の肩からにょきっと顔を出した。
「久しぶり!」
「あ、お? ……これ、夢? 幻覚……?」
「夢ちゃうよぉ。春樹春樹、下ろして」
ゆっくりと下ろされた青空は、ゆっくりと彼女に歩み寄る。それは歩き始めた赤ん坊のようで、沙弥はたまらずに彼女に駆け寄った。
「アハハ、クロやぁ」
「……アオ、ごめんなさい……アオの人生を、私は……!!」
「クロ、クロは頑張ったよ? 大丈夫。ウチは生きてるし、幸せやで。だから……一緒に、幸せになろう?」
分かってるとばかりに彼女を抱きしめ、ポンポンと背中を叩く少女。田村沙弥はそれだけで十分だった。彼女の声は、沙弥の強さだ。彼女が在るからこそ、やっと沙弥は前に踏み出せる。
ふと、早乙女がそんな状況を見て、腕を組ながら呟いた。
「友から聞いたけどさ、君……友みたいな子を作りたくないって想ってるんだって?」
「……」
「無言は肯定と見なすよ。
それなら、田村。僕は、君を許さない。
友に迷惑かけたって言うなら、友みたいなヤツを作りたくないなら、それさえ背負って生きなよ。無関係に逃げんなよ!
自分で守る努力をしろよ!」「ふみっ。春樹! クロは女のコやから守られるほーやで」
「コイツの場合、肉体的により精神的に守らなきゃいけないやつがいるはずだから無理」
バッサリと切る早乙女に、青空は眉を八の字にする。茶藤陸は部屋の端で私を睨んでいた。
「…………いいの、かな」
「私に、特別な存在ができて……いいのかな」
「私、誰かを……好きって言っていいのかな?」
心の奥底の願い。
田村沙弥がそれを呟いたのち、青空は彼女を抱きしめ、笑みを浮かべて期待通りの答えを口にした。
いいんですか?
田村沙弥の心の闇は、晴れた。