彼らに言葉はいらない




※グロ注意






その戦いは、どこよりも激しく狂気に満ちていた。
風来を置いて走り抜ける平城姉弟の前に立ちふさがったのは、冷泉紫苑だった。彼を見た瞬間、平城が何か言葉をかける間もなく夜美が紫苑に飛びかかる。それを瞬時に日本刀で受け止め、そこから戦いは始まった。
ただただ、殴る、蹴る、斬る、その繰り返し。血飛沫が飛び散り人の肉が撒き散らされ、鮮血のシャワーを浴びても二人は止まらない。その異常な戦闘に、自分は完全に除け者になったと悟った平城が目的を果たすべく先へと走っていく。
それすらも、夜美と紫苑には見えていなかったのかもしれない。恍惚とした笑みさえ浮かべ、ただただ目の前の相手を殺すことにのみ集中する。夜美は無傷だ。当然である、彼女はどれほど怪我をしても瞬時に回復する。だから、たとえ肉体が爆撃で吹き飛ぼうとも、彼女は永久に無傷だ。だが、紫苑も無傷とまではいかないまでも、負っている傷はかすり傷程度。化け物相手に、対等な戦闘を行っている。この場において、異常なのは果たしてどちらか。


…いや、双方異常であろう。
彼らは飛び散る血飛沫になど全く関心を向けなかった。それが誰のものかなど、それ以前のものであろう。周りに広がる血溜まりが、夜美のものでも、偶然通りかかっただけの女中のものであろうと、何一つ気にしなかった。
その身体が真っ赤に染まり行く中で、それでも二人は笑う。笑って殺して笑って斬って笑って殴って笑って殺し合う。


「あはぁ……その目、だぁいすき…抉って食べちゃいたくなる」
「奇遇だね…僕も、君のその金色の瞳を抉ってやりたいなぁ…」


血塗れの紫苑は笑う。間合いを取って向き合って、血に濡れた日本刀の刃をべろりと舐める。にたりと弧を描いた口元は不気味に歪んでいて、普通の感性を持つ人間ならすぐに悲鳴を上げて逃げ出すほど狂気に彩られたものだろう。
だが夜美は違った。
それに応えるように、笑みを深くして腕にべったりと張り付いた血を舐め取る。


「その血がいいな…私の血じゃなくて…」
「残念、僕のはやれないな。…綺麗だよ、血塗れで無様に横渡っているのがとってもお似合いだ」


悲鳴が響く。おぞましい、最早目的が何だったのかわからなくなるほど殺戮願望に塗れた戦闘に、もう何人が巻き込まれたのだろうか。また一人、女中がただの肉塊と化した。紫苑の振るう日本刀が、容赦なく無関係の人間の命を散らす。まるで刀が本体であるかのように、彼の日本刀は美しく揺らめくのだ。
久々の強者との戦闘に、夜美が興奮しないわけがない。彼女もまた、これ以上ないほどの美しい戦闘を行っていた。それは最早、芸術の域に達している。
血飛沫と悲鳴の彩る素晴らしい芸術である。あまりにおぞましいその戦いは、見れば見るほど魅了されていく。
こうも軽く、人間の命は奪われるものなのだろうか。こんなにも、殺し合いとは美しかっただろうか。
ぐちゃぐちゃの肉塊を無情に踏みつけて、優雅に舞っていく。目視できないほどのスピードで、殺意のやり取りが行われていく。


血飛沫が舞った。肉片が飛び散る。誰のものかわからない目玉が、夜美の足で踏み潰された。数え切れないほどの歯は地面に転がり、砕けて、その存在すら消していく。臓腑は周りに撒き散らされ、手足が無造作に散らばる。
嗚呼、なんと惜しいことだろう。
その戦いを目にした人間が、ことごとく死に絶えるとは!

これを見た人間は、何と口にするだろう。
嫌悪か?侮蔑か?恐怖か?憎悪か?拒絶か?畏怖か?それとも――賞賛か?


二人を称えよ、化け物を賞賛しろ、狂人に畏怖しろ。
これが人類を超えた、最悪で最上で最強で最高の殺戮だ。