管理人の想い



「次は私が行く」


 完全に我を忘れかけて息を荒くする小学生年長くらいの少女の瞳はいつの間にか金色になっていた。目の前に立っている男は銀色の髪に紫の瞳をしたスーツ姿の男がいる。彼からのただならぬ強者の匂いを夜美は敏感に嗅ぎ付けている。


「……俺が行きます」


 彼は放って置けなかった。
 確実に、自分が放置した時に、夜美がこの男を殺してしまう可能性があることに恐怖した。もちろん、目の前の男に殺される可能性もあるのだが……風来灯真はかつて、夜美自身の身体が傷付いた姿は見ていない。


「ふ、風来さん!? ダメですよ風来さんの敵は私の敵、オールマイ敵ーです!」
「それは一語で全てです。帰ったらねっちょり勉強ですよ」
「風来さんとなら喜んで! じゃなくて風来さん!」
「私の命令が聞けないのですか?」
「よっしゃあ行くぞ平城! 頭は向こうじゃあああ!!」
「姉ちゃん落ち着いてー!!」


 命令と聞いて目を輝かせた夜美を追いかけ、真也も姿を消した。
 風来は自尊心が高い人間だ。そして何より他人に見下されるのが大嫌いで、どの分野でもトップの成績をおさめている。そんな風来が唯一認めるのが夜美であり、彼女をみたいだ瞬間敵わないと確信したくらいだ。
 そんな彼が、目の前の男を見て、夜美と同じくらいの威圧感を感じている。敵わない――自分だっていい大人だ。もう若者時代のような無茶はしたくない。疲れる。

 しかし、やはり彼は頑固な優等生であった。


「……見た限り、貴方は成人していますよね。今までに遭遇した子供達は俺の生徒くらいの年齢でした。ということは、冷泉恭真の……友人、でしょうか? でも、あくまで俺の推測の域ですが……傍目人当たりが良さそうな彼ですが、性格は一般的に見て正気の沙汰ではありません。貴方は……それを、見過ごし、ここに居るのですか?」

「……少し違うがな。
 だけど、俺はアイツの性格が大切な親友だ。それに見過ごしている訳じゃない。
 自由にさせているだけだ」


 カチン、と真面目で変に融通の利かない優等生のスイッチが入る。それは学生時代の自分の苦労もあるのか、あれだけ狂いきった男を自由にさせる男が気にくわないだけか、灯真は口を開き、何時ものお説教を始めた。


「自由? それは権利でしょうか? 彼は異常です。田村沙弥という教え子を拐ったことが起点でしょう? 結果、彼は彼女を傷付けた。今現在彼女が望んだことだとしても……いい大人が子供を傷付けたのです。
 何故それを野放しにするのですか? 貴方は、冷泉恭真の特別な存在でしょう? 例えるならば、神から力を与えられ過ぎた存在は、ストッパーが必要なのです。ストッパーとは教育。つまり秩序です。世の中、人間がこんなにも平和に暮らせるのはその秩序のおかげだと俺は思っています」


 長い長いお説教。
 竹松なら罵倒し、気の短い生徒なら、逆ギレしている。しかし、風来灯真の悟りは間違ってはいない。間違ってはいないが、それを異常者が行うには難しいと言うことは含まれていないからだ。あくまで、彼は全てを平等に正す。
 そんな語りを、シードラはじっと見つめて聞いていた。


「仕方ないこともあると思います。しかし、貴方は冷泉恭真の保護者でしょう? ならば何がなんでも教育に調教をしてください。
  好きなら、尊敬しているなら……可哀想とか狂ってるからとかで野放しにすれば、後に困るのは当事者です!
 俺だって、我慢してあの猛獣みたいな娘を人並みになんとか生きられるようには躾たのですからね! ずっと、幸せになってほしいから、人並みに幸せになって欲しいから教育しています。
 貴方も、冷泉恭真を大切に思っているのでしょう! だったら」

「だから、自由にしてやるんだ」


 残念ながら、この説教はシードラには利かない。そもそも、冷泉恭真を否定する行動すらしないし考えない。
 彼は、縛られて縛られて縛られて、あんな風になって、さらに大切な存在を失って完全に壊れた。これ以上、彼を壊してどうなる? 苦しむだけだろう。
 だから、幸せにしてやりたい。もっともっと、世界を見せてやりたい。


「親友だから、俺は……アイツを自由にしてやるんだ」

「……そうですか。分かりました……。
 なら、まず貴方を正します」


 風来は、夜美を抑えられる位には強い。それだけでも世界のトップになれる位だが、夜美に勝てることは無かった。
 目の前の男は、夜美だ。抑えられる位には出来るかもしれない……最悪、死……。


(傷をおったら、夜美が発狂する……はてさて、どう誤魔化そうか)


 やれやれと肩をすくめた風来は地面を蹴り、そして構えているシードラへと突進した。



管理人の想い


 化物は、彼らの願いに気づいているのだろうか。