それぞれの意思




「はぁーい、お嬢さん達、こっからは立ち入り禁止だよ」


駆け抜ける六人の前に、飄々とした笑みを携えた遠野刹那が現れた。よく見かける制服や私服姿とは違い、到底高校生が着るものではない黒のスーツに身を包んでいる。へらへらとした笑みを浮かべてはいるが、その雰囲気が決して軽くないことに気付かないわけがない。
彼、いや彼女は、遠野刹那。イタリアで最大規模を誇るマフィア、ストゥーリアファミリーの、五代目ボス。


「…ここは私が、」


どうしようかと足を止めた六人の中から、花鳥が進み出る。花鳥組を背負う者として、自分は一番適任であろうと確信した表情だった。それに頷き、残りの五人が走り出す。
意外なことに、刹那はそれを止めようとはしなかった。
走り去る彼らを横目で見やり、自分の前に立つ花鳥を見つめる。余裕そうな笑みを浮かべたまま、口笛を吹いて瞬時に二丁拳銃を取り出した。


「美しいお嬢さんにお相手を志願されちゃあ、他に浮気するわけにゃあいかねぇよな…千歳嬢?」
「…見逃してくれたのね」
「うんにゃ、別に?俺を突破しても、この先にはアホみたいに強いのがうじゃうじゃいるからさ…無駄だと思うぜ?」


「さぁて、それじゃあ――Shall we dance ?」


踊ろうぜ。それを合図に、二人はぶつかり合う。刹那の持つ拳銃から大量に、それも的確に乱射される弾を避け、花鳥も刹那へと弾を放つ。
自分に向かう弾を弾き、相殺し、蹴り避けて。相手を殺すための弾丸が双方へと向かう。それは、お遊びや戯れでも何でもない、命の奪い合い。暗闇で生きる者同士の、本気の殺し合い。
乱発される弾は美しい壮観の和屋敷を一瞬にして破壊していった。


「あーあ、せっかくの豪勢な屋敷が…」
「…随分余裕ね」
「俺は強いからな」


それでも余裕綽々に軽口を叩く刹那に、花鳥は冷静な口調で語りかける。それは、自分に真剣に向かい合わない刹那への怒りも孕んでいたが、それよりも、彼女の中の疑問が勝っていた。
花鳥は思う。彼は、どうしてこの戦争に参加できたのだろうと。彼は自分と同じ立場の人間であるはずだ。国は違えど、一つのファミリーを背負う存在。その立場に立つ以上、自分達は、己の一存で動けはしない。何をしても、その行動には責任が伴うし、常にファミリーの紋がついて回る。自分はかなり無茶をして、冷泉家と完全なる対立をすることも覚悟して、この場にいるのだ。それなのに、彼は、まるで単独で行動している。それは、どうして。


「…貴方は、」
「ん?」
「貴方は…本当に、ボスとしてこの戦いに参加しているの?」
「……それは、好奇心からの質問かな、千歳嬢?」
「いいえ、違うわ。花鳥家を背負う存在として、貴方と同じ立場の人間として、聞いているの」


その質問に、刹那は笑みを消す。「レディ、過度な詮索は猫をも殺すぜ」「詮索でもないわ、言ったでしょう、花鳥家を背負う存在として聞いていると」その質問に、刹那は答えない。否、答えられない。これは一生涯の秘密だから。未来永劫、明るみに出ることは無い、自分の出生の秘密。それでも。
花鳥千歳には、偽りを告げてはいけない気がした。


「…罪滅ぼしさ」
「それは、冷泉恭真への?」
「そう、俺の自分勝手な、贖罪行為だよ」


その言葉は、花鳥千歳には決して理解らない。