こちら危険地帯につき



「り・く・く〜ん…」
「な、何だよ…」
「お前を材料に完了するなら美しいお嬢さんが一緒にケーキ食べてくれるんだってさ、ってなわけで俺のために材料になってくれ」
「ふざけんじゃねー!…ですよ!?」
「止めて――!!お店で暴れるのだけは止めて――!!」


ケーキ屋は、見るも無残な残骸と変わり果てていた。
最初は主に三人の乱闘だったのだが、大梨言美(おおなしことみ)さんの言葉を聞いてやる気を出してしまった刹那がその乱闘に乗り込み、結果、茶藤陸(さとうりく)さんと刹那のタイマン勝負になってしまっている。
暴れたおかげで、美味しいと評判のケーキ屋はもう滅茶苦茶である。
ああ、帰りたい…。


「いい加減にしろっつーんですよ!」
「やーだねっ!俺はお前の命よりお嬢さんとのデートを取る!あっ、お嬢さ―ん!後でお名前教えてくれよな―!」
「陸の材料化完了を確認し次第、名前の伝達を開始しましょう」
「やりっ!」
「ちっともよくねぇ――!!」


…カオス。
頼むから、誰かこの現状を止めてくれ。
もう俺では対処しきれません、一般ピーポーな俺にどうしろと!?


「…あの、すみません」
「あら、どうして貴方が謝るのかしら?」
「挑発してる銀髪の方、一応俺の連れですから…なんかアホな理由で茶藤さんを殺そうとしてて、すいません」
「ふふ、いいのよ、日常茶飯事だから」
「(これが日常茶飯事!?)…ありがとうございます」
「気にしないで、それに…何だか愉しそうに見えないかしら?」
「そうですね……修理費を考えなければ」


遠い目をした俺に、隣に立つ長髪の美少女さんは静かに肩に手を置いた。
…その優しさが胸に染みます。
さぁ、あの二人を止めなければ。一週間程度の入院ぐらいは覚悟して、俺は二人の間に飛び込んだ。













「あー…大丈夫かな、あのケーキ屋」


思わず逃げ出してしまったことを少し心配しながら、もう見えないケーキ屋の方を振り返る。
刹那さんと琥珀さんは大丈夫だろうか。
あの、最早びっくり人間みたいな人間が、茶藤どころか三人にまで膨れ上がってしまったのだから。
とはいえ、自分がいても特に何も出来なかっただろう。
そう自己完結して沙弥が再び歩き出そうとすると、先ほどまで誰もいなかった場所に誰かが立っているのが見えた。
近くまできて、逆光で見えなかったその男の顔が、思わずぞくりとするほど整っていることに気付く。


「あぁ、君…ちょっといいかな?」
「…私ですか?」
「そう。急にごめんね、今郷高校っていうとこを探してるんだけど…知らないかな?」


にこり、と柔らかく微笑まれた。
どうして自分の周りの顔面偏差値はこんなに異常なのだろうと本気で悩みながらも「あ、この先の道を左です」と口にする。
「ありがとう」と返して歩いていく彼は、どこかこんな一般公道は似つかわしくなかった。
先ほどと同じように、まるで今までいなかったかのように消えていった男を見送って、沙弥は今度こそ安全地帯へと帰っていた。