戦争開始




冷泉本家へと、おそらく最高峰であるメンバーが集結する。頑丈な守りに固められた門を突破し、長く続く前庭を駆け抜けていくと、奥から着物を着た、女中らしき人間が現れる。警戒し、思わず足を止めると、彼女はゆったりとした動作で彼らを見やる。

「…何事ですか、騒々しい。ここを冷泉本家と知っての狼藉ですか」

能面のように変わらない表情が酷く不気味であった。異様な雰囲気に、皆一瞬たじろぐ。
静かになったところで、また別の声が響く。
彼らの探す、冷泉恭真本人だった。


「いい、下がれ」
「しかし…」
「聞こえなかったか、下がれ」


普段とは違い、スーツではなく着流しを羽織った恭真が現れる。どこか冷徹な雰囲気を纏わせて、先ほどの女中を下がらせる。その空気は重く、今までとは比にならないほどだった。自分の脳内を芯から支配していくその声は、冷泉紫苑を思わせると、平城真也と平城夜美は思考の隅で考える。だが、それは紫苑より深く重い。絶対者と呼ばれる、その本性が姿を現していた。


「いらっしゃい…遅かったね」
「冷泉恭真…」


平城が睨みつける。その視線を、隠しもしない嘲りの笑みで受け流し、笑みを深めた。全員の殺気の篭もった視線を受けてもなお、その笑みを崩すことはない。それは、最早狂気の類だった。平城真也が田村沙弥に向ける好意のような、平城夜美が風来灯真に向ける好意のような、どこまでも壊れて歪んで狂った、そんな笑み。意識の届かない部分で、本能的に恐怖を感じる。それでも、引くわけにはいかないのだ。大切な人のため、そして、何より自分のために。まずは一発殴ってやろうと足を踏み出したところで、彼らは、恭真の後ろに人影が現れたことに気付く。

「っ…沙弥ちゃん!!」

それは、田村沙弥だった。だが、その瞳は常とは異なり、どこか人形めいた光を宿している。それでも、彼女は田村沙弥だった。操られているわけでも、強制されているわけでもないと、本能でわかる。
沙弥は美しい着物に身を包み、彼に寄り添うように後ろに佇んでいる。恭真は、見せ付けるように沙弥を抱き寄せて、その髪を梳く。沙弥を取り戻そうと平城が腕を引くが、その手を沙弥本人が振り払った。平城が目を見開く。

「…触らないで」

再びの拒絶に心が抉られるような痛みを受ける。それでも、平城は踏み止まり、恭真を睨みつける。

「田村さんに、何をした!」
「何も、」

くすりと笑みを零す。沙弥は、平城の声にも心を向けない。好きだと気付いてしまったからこそ、皮肉にもその決意は更に固くなってしまっていた。
沙弥は、己の意思で恭真の元に留まることを決めた。だからこそ、恭真は、彼女をここに連れてきたのだ。強制力を伴う彼の声に支配され、なおかつ黒埼リュウの持つ能力、人形遣いを使用する恭真の手によって感情の枷を握られ。だから、彼女は心を動かさない。だからこそ、彼女は彼らに敵対する。


「返して欲しいなら、僕のところまで来い」


絶対者らしく、他者を踏み躙り、全てを支配する笑みを浮かべ。
二人は屋敷の中へと消えていった。
入れ替わりに彼らへと向かい合うのは、最高峰の保持者、九条あみ。

さぁ、戦争の始まりだ。