誰も知らない善の在処




冷泉紫苑は冷泉恭真と田村沙弥がいる部屋の前にいた。沙弥が眠り、それを抱き抱えた恭真が出てきたところで、彼女には特に気にした風もなく、移動のために使用していた結晶化能力を恭真に渡す。それを受け取った恭真は、そのままその石を使い、どこかへと消え去ってしまった。

冷泉恭真と冷泉紫苑は、絶対者と呼ばれる存在である。紫苑は後継者であるから、厳密には異なるが、他者と一線を介する存在という点では、恭真と同じであると言ってよいだろう。
絶対者と呼ばれる存在は、文字通り絶対的で、特別な存在である。世界そのものに保護され、その言葉には強制力さえ伴う。それ故に、相当の強さを誇る保持者の結晶化能力でなければ、使用することすら出来てしまう。
もっとも、二人が能力を使うことはごく稀であり、今回は特例であったのだか。 

紫苑は、恭真と沙弥がいなくなった後の部屋に入る。そこは当主の間と呼ばれる部屋だった。見晴らしのよいその部屋に入り、庭へと出る。そこに黒崎がきた。

「若、」
「…あぁ、リュウか、何?」
「花鳥家が、冷泉家に喧嘩を売られていると主張…応戦宣言を表明。全面抗争っスよ」

楽しそうにそう告げる黒崎。…それに答える紫苑も、また愉快そうに口元を歪めた。

「…そう、それは、楽しくなりそうだ」


襖が開いて、後ろから風葵が近付いてくる。しーちゃん、と呼び掛けるその声に振り返って、抱き締めた。


「…しーちゃん、」
「風葵…君も参戦するつもり?」
「うん、しーちゃんが戦うならね」


よしよしと、紫苑の柔らかな髪を撫でる。豊満な風葵の胸元に、不純な動機はなく、母親に身を任せるように、顔を埋めた。
どくりと血が踊る。彼女を守ろうとする意志に連動し、彼の中に潜む狡猾な本性が、目を覚ました。
冷泉恭真と同じ、他人を嘲り、手のひらで弄することを躊躇わない残忍な性質が現れる。

普段は表情を変えないアメジストの瞳が、冷徹な光に揺らめいた。