正義と正義が戦って



一度、あの平城家を何とか止めなけ ればならない。 夜美を止めるためには平城真也を止 めなければならない。 では、平城真也を止めるために必要 なのは? 平城家が唯一、動けなくな るほどの攻撃を受ける方法は?

それは余りにも簡単だった。

▽△

黒埼がいる気配もない、紫苑も刹那 も居ない。空き地に一人佇む彼女に平 城は駆け寄って彼女を抱きしめる。一 見、離ればなれになっていた恋人達が 再会した感動のシーンみたいだった。 すがるように、包み込むように大切に 涙を流して抱きしめる。そして……。

「二度と私に関わるな」 「…………は?」

田村沙弥も、平城真也を恋人であるかのように抱き締めた。しかし、彼女 の言葉は彼の心臓を抉る凶器の様に、 絶望へ至らしめる。

「さ、や?」 「……お前が、私を好いてくれてるの は分かってた。分からないフリをして ゴメン。 だけど、私は怖い。もう……無理 だ。今、平城に話して……私は居なく なると思う」 「何を……言ってるの?」 「私を、忘れろ」

そして、彼女は離れる。理解が出来 ない化物の力は弱まり、ガタガタと震 える。田村沙弥は、少し困ったような 表情を浮かべ、相手を安心させるよう な笑みを浮かべる。

「私以外の好きな人間を作りな」 「い、やだ。いやだよさやちゃ……や だ。お願い、そんなこと……!!」 「ほら、私は君を泣かせるしかできな いクズ野郎だよ? 大丈夫。平城を分かってくれる人は たくさん居るよ。だから……さよならだ」 「沙弥ちゃん!」

手を伸ばした平城真也だが、田村沙弥は少し目を伏せ、直ぐに背を向けて 走り去った。 空き地に残された化物は、真っ白になった頭に、涙を止めず流し続け膝を ついた。

全く、バカな娘だ。 この程度でこの化物が依存から抜け 出せているならば、もう少しまともな 生活をしていたし、生きてこれただろ う。 最後の最後の意識で、彼女は平城真 也に別れを告げることを約束し、黒埼 の元に戻り、冷泉恭真の駒に己の意思 で成るのだ。

彼女はただ昔の親友の二の舞の存在を作りたくなっただけだったのに、彼女は要の存在故、今郷町全体を巻き込んでいく。

▽△

「もしもし、冷泉恭真さんですか。今郷高校の風来灯真です。 今回、個人的に貴方に話がありま す」

『風来……灯真。ああ、今郷高校の……。うん、どうかした?』

あくまでも、自分が上の立場で話す冷泉恭真。受話器越しに風来は口角を ひきつらせたが、そのまま電話を続け た。

「単刀直入に言わせていただきます。 貴方は間違っている。 貴方がしていることはあまりに個人 の快楽に沿っています。生徒を惑わせ 傷つけるような行為は教師失格です よ。生徒は勉学に武道に励めばいいの です。その他もあるでしょうが……。 貴方は教師として大きく間違ってい る」

彼は、鬱陶しい程社会的に正しい。 彼は、表の社会の大人からみた評価 だと満点だろう。しかし、優等生とい うものは柔軟性に長けない(平城家が 絡むと別らしいが)。だから、彼は社 会的には間違っている冷泉恭真に説教 をしたのだ。しばらく受話器の向こう側は無言だったが、クツクツと笑い声が聞こえる。

「……俺に説教するとはね、流石平城夜美を手なづけるだけあるね」 「……なるほど。それが貴方の答えですか。ならば……。 俺は、夜美を使ってでも貴方を殴りに行きます」

三Kが完全に敵になった。 冷泉恭真は、それが堪らなく愉しそ うに「やってみろよ」と呟き、電話を 切った。

「伊織。俺を嫌っているのは承知です が……」

「ハッ、やはり貴様は最低だな。夜美を軽蔑し、利用する。……最低の人間だ」

「軽蔑……とは違いますね。ただ、彼 女を畏れているだけです。そして……憧れてもいます」

「ふん。まぁ、いい。 花鳥家もどうせ何時も通り茶藤が暴走して臨戦するのだろう。これは、抗争だ」



正義と正義が戦って



役者は揃った。 さぁ、戦争を始めよう。