マリオネットは笑わない



ようやく沙弥の意識に干渉できた、と思ったところで、二人目の破壊神がやってきてしまった。


(やべぇ…!コイツ、平城夜美じゃねぇか!噂には聞いてたけど…くそ、マスターが気をつけろって言ってたのは、これか!!)


焦る内心とは裏腹に、長年積んだ経験のせいか、表情は変わらない。
それでも、目の前に現れた3Kの称号を持つ女は、奥で我を忘れて暴れる弟を見て、その眼光を鋭くする。
まずい、と、黒崎の本能が激しく警鐘を鳴らした。
弟に何を、と彼女が言いかけたところで、別の声が空気を切り裂き倉庫中に響き渡った。


「跪け!!」



ドンッ!!と脳髄に響き、身体全体を支配していくような不思議な声。思わず膝を付くあみと黒崎。だが、平城姉弟は身体がぐらついたものの、お互い一つのことに脳がいっているのか、完全に膝を付くことはなかった。
その静寂の合間に、平城が破壊した倉庫のドアから駆け込んできたのは、意外な人物。


「っ…先輩!?」


そう、冷泉紫苑であった。
完全に効かなかった二人を見て、チッと舌打ちし、そのまま争いの渦中に飛び込んでくる。

冷泉紫苑は、冷泉恭真の実の息子である。
その血の繋がりは、彼にも絶対者たりえる資格があることを意味し、その声に、その言葉に、絶対的な何かを孕んでいることを表している。
とはいえ、あくまで"次期"絶対者、"次期"当主であって、恭真のようにそれほど強制力は伴っていない。
少しでも自分に屈服する気持ちがなければ、完全に従わせることは出来ない。
だから、少しの隙しか作り出せなかった。

それでもその隙を逃すような紫苑ではない。
彼の視線にすぐ察したのか、沙弥を閉じ込める檻を消し、すぐさまテレポートで姿を消すあみ。それを追いかけようとする平城を眼光で制して、黒崎を庇うように彼の前に立つ。


「っ、若…」
「行け、ここは僕が代わる」


その言葉に、黒崎は沙弥を操って二人で走り出した。
追いかける二人の背に瞬時に追いつき、強烈な蹴りを見舞わせる。
怒りの視線が自分に向いたところで、紫苑は不敵に嘲笑い、両手にパレットナイフを構えて向かい合った。


「…来なよ、」
僕に勝ったなら、彼らの元へ行かせてあげる。


意外と知られていないことではあるが、冷泉紫苑は強い。
あの冷泉恭真の息子であるのだから、当然といえば当然であるのだが、彼が拳を振るう機会はあまり訪れはしないのだ。
それは、暴力沙汰は面倒くさくてあみに丸投げしているという事実も大きいが、基本的に、相手は紫苑の醸し出す威圧感ですぐに闘気を削がれてしまう。
それは、武術全般に長け、なおかつ実践経験も豊富であるという理由だけではない。

基本的に、本能的に、自分より優位の存在だと、誰もが感じるからだ。
それは、恭真より前当主…つまり祖父に似ているといったのは誰であったか。
戦う前に勝利を得る、だから戦わない。

だけど目の前の獣はそうではない。
そんなことを感じてもいないのか…いや、感じたところで何とも思わないのか。
彼への殺気を緩めることはなく、それどころか、どんどんと強まっている。



ああ、楽しみだな。

久しぶりの、本気の殺し合い。
それにどうしようもなく興奮する。昂ぶる殺気を隠しもせず、にたりと笑みを浮かべる冷泉紫苑は、それでも、どうしようもなく美しかった。