破壊神降臨



 あれは、秋直前の暑い日だった。真っ青な空で、まだセミが元気良く鳴いていた。


「……こ、こは」


 ぶるりと屋上に心地よい風が吹き荒れる。目の前には、陸上部のジャージを着た私に、フェンスの向こうに追いやられた白い髪に赤い瞳の大切な友達。そして、彼女に包丁を突き出す女の姿。


『止めろ!!』


 声を出そうにも、止めようにも、出ない、走れない。その先を知っている彼女は身体がガタガタと震る。そして白い彼女が姿を消した時に、過去の自分て自分が重なったように動いて、フェンスの向こう側の、下を見てしまった。

 気が狂うような青い空の下、目から離れないような赤い友の姿が下に見える。


「嘘だ」


 私は、たった一言しか呟けなかった。悲鳴さえあげれず、吐き気がして、目眩とともに地面に倒れる。ああ、あの時私は気絶してしまったんだ。

『沙弥様』

「!」

『愛してます。愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます。貴女の優しさに救われました。ああ、貴女は素晴らしい人。だから、だからこそ……貴女を独占するあの女が憎かった!! 憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて、憎くて憎くて仕方がなかった!!』


 真っ暗な闇の中、私と恍惚とした笑みを浮かべる少女が私に近寄る。彼女は、アオを追い詰めた……!!


「や、止めて」

『貴女の特別なんていらない。貴女は“皆の沙弥様”なんです』

「止めろぉ……!!」

『だから、私はあの青空友を』

「い゛やぁあ゛あっ、あ゛あああああああっ!! あっ、やめ、やめてやめてやめっ、ひぃ、い、いやぁあああああああ゛あ゛!!」


▽△


 彼女は、悲鳴をあげて倒れてしまった。これで後は黒崎リュウに彼女を引き渡すだけ。
 引き渡すだけ、なんだ。


『九条さん、これからも応援しています』


 いい人だった。
 不良から女のコを助ける。えらくベタな知り合い方だったが、結果的にいい人だった。
 いい人だった彼女は、今地面に横たわって気絶している。ポロポロと涙が溢れているようで、こんな姿を平城真也が見たら間違いなく九条あみはあの世逝きだろう。
 それでも、九条あみは任務を遂行しなければならなかった。
 己の大切なもののために。


「ごめんな……さい」


 ポツリと彼女が呟く。それは罪悪感を感じた、否、圧し殺す九条あみではなく、気を失っているはずの田村沙弥だった。


「トモ……こんな、私が……親友で……ゴメン」
「もう、何も……求めない、よ……」
「大切な、人が生きてたら……いいから……」

「トモ、許して……」


 多分、まだトラウマを見ているのだろう。ブツブツと呟く彼女のトラウマは、余りにも彼女の人の良さを表していた。だいたい、それで自分にトラウマを抱えるほどの罪悪感を感じる必要があるのか。彼女自身は何もしていないというのに。


「…………バカな子」


 ドォンッと廃倉庫の壁が破壊される音が鳴り響いた。
 来ないわけが無いのだ。幾らつい先程にテレポートで移動したとはいえ、異常にさらに異常を重ねた現在の彼の勘と野性的な本能が田村沙弥を察知しないわけがないのだ。
 田村沙弥が苦しんでいるのに、泣いているのに、あの異常な怪物が来ないわけが無いのだ。


「なーーに、しってんのかなーー? あみちゃんよぉーー?」

 ゆっくりとゆっくりと、九条あみに歩み寄る平城真也……否、だった化物。
 残念ながら、目の前の男はキレた姉と同じ。

 あえて例えるならば――破壊神。


「ぶっ殺す」



破壊神降臨



 彼を止められる人間は、今トラウマに迷っていた。