遊戯の前奏



「…ふぅん。やっぱりあみちゃんは強いね。やっぱり彼女にして正解だ」


とあるマンションの一室。カーテンが閉められ、薄暗いその部屋の中で、冷泉恭真はイヤホンを耳にあて、薄いノートパソコンを開いていた。
人工的な光がアメジストの瞳に反射し、不気味に光る。
彼女の任務が完遂したことを確認すると、スーツから携帯を取り出し、どこかに電話をかけた。
しばらくして、その相手が電話に出る。


「はい?何すか、マスター」
「リュウ、仕事だよ。郊外にある、廃倉庫の右から三番目…そこにあみちゃんがいるから、彼女から、田村沙弥って子を受け取ってきて」


電話の相手は、黒崎リュウといった。彼もあみと同じ超能力者であり、その能力の物珍しさから、人身売買の商品として売られていたところを恭真に買われたのである。
その後、彼は恭真により一般教養を与えられて自由の身にされたのだったが、唯一自分を人間扱いしてくれた恭真にいたく心酔し、自らから望んで彼の駒となったのだった。その忠誠心は、最早崇拝に近い。


「了解、操って連れてきていいっすか?」
「いいよ。しばらく君の能力を使ってもらうことになるから、慣らしておいて」


彼の能力は、人形遣い(マリオネット)といった。
対象となる人間の動きを意のままにしてしまうという、とても危険な能力である。それは動きだけに留まらず、相性さえよければ、一時ではあれど相手の感情にすら干渉出来てしまう。だから、恭真は彼を使ったのだった。


「さて、後はあみちゃんの働き次第だね…」


九条あみに与えられた、指令の最後。
―――田村沙弥のトラウマを呼び起こせ。

災厄の人形遣いが、干渉しやすいように。











一方、郊外の廃倉庫。
あみの能力によって氷の檻に閉じ込められている沙弥は、自分の身に起こった不可解な出来事と、あみの使う不可解な能力について全力で頭を悩ませていた。

まず、どうして自分は攫われたのだろうか。
そして、あみの使う謎の能力は一体何なのだろう。

不可解なことだらけである。
本人に尋ねるのが一番ではなるのだろうが、以前会ったときと違い、冷たい印象を与えるあみの横顔に、尋ねかけた問いは消えてしまった。
不意に、携帯を弄っていたあみが立ち上がる。
かつり、かつりと足音を響かせて沙弥の方に近づき、檻を溶かして沙弥の頭に触れた。
わけが分からず、じっとあみを見つめていた沙弥は、凍て付いた冷たい瞳の奥に、揺らぐ迷いがあることに気付いてしまった。


「…九条、さん…」
「……恨まないで下さいよね、これが、あたしの任務なんです」


あみの声が、震えていたことに気付く前に。
沙弥の脳裏に、二度と見たくなかった光景が、フラッシュバックした。