ゲーム開始
田村沙弥という人間と関わった瞬間、人は二つの分類に分けられる。好きか嫌いかだ。
シンプルだが、そこに愛があろうとなかろうと、彼女は人気者であり、忌み嫌われる存在である。例えるなら、とあるヒーローだ。ヒーローは誰かを助けて人気を得るが、敵組織からは「死ねよマジで」みたいな扱いになる。
彼女は、他人の弱っている所に偶然居合わせるような機会が多い。だから、その時助けられた人間は田村を病的なまでに好いてしまう。彼女の中学時のマネージャーに、平城真也がいい例だ。
そんな人間は、現在……。
「…………平城君、何コレ?」
「沙弥が可愛すぎるのが悪い」
監禁まがいなことをされていた。
目の前には金色の瞳をした平城真也。彼は二重人格であり、何時もの平城真也より、ハッキリした性格だ。そんな彼は、高校をサボり田村沙弥を拉致して、田村沙弥の押し入れに手錠付きで拘束している。ありきたりな監禁の仕方だが、自宅であることでその行為が普通とは少しだけズレていることが伺えた。
「なーんか、嫌な予感がするんだよな。ウン」
「私も嫌な予感するよ、主に貞操的なのが」
「え、何? 食って良いの?」
「アホか」
田村沙弥は怯えていない理由は、過去にこのようなことに巻き込まれたことが多々あるからだ。それに、平城真也は田村沙弥を異常なほどに大切にしている。それを彼女が分かってるか否かは不明だが。
「後で、ちゃんと外してやるからな」
「今、外せ」
「ダーメ。お前、逃げるだろ?」
ケラケラと普段笑わないような笑い方でぐしゃぐしゃと髪を撫でた平城真也は、田村沙弥に耳詮と目隠しをしたあとに、そのまま田村沙弥を監禁した押し入れを閉めて、鋭い視線になった。
嫌な予感がするのは確かだった。彼の勘は先祖が化物故に、もはやサバンナにいる動物並みに発達している。
「…………俺は、フェミニストでも何でもねぇ。沙弥に嫌われなければ、女だって殴れんだよ。
おい、出てこい。く……九時あ……もう面倒くせェ。あのクソ先公の使いだろ?」
カクリと平城真也の首が後ろ斜めに倒され、その先に立つ昼間とは違う雰囲気の女が佇んでいた。
「あの人は、関わってない……関わっていたとしても、しなければならないことだけど」
「沙弥をどーする気だ? それとも、俺が目的か?」
「貴方には関係ない。痛い目みる前に、逃げた方がいいわよ」
「痛い、かぁー…。
沙弥が泣く方が、沙弥が怪我したり不安になった方が、何京倍もいてぇから、無理」
瞬間、平城真也へ鋭い風のようなものが吹き荒れた。どうやら風の中に鋭い霰みたいなものが含まれているらしく、平城真也の身体を傷つける。
だが、平城家の戦闘スタイルは捨て身だった。敵さえ感服するほどに身体を犠牲にし、目の前の敵を排除する。
地面を一気に蹴りあげた部屋の床は窪み、九条あみの居た場所が跡形もなく破壊されていく。その破片さえ武器になり、九条あみを襲うが、九条あみに辿り着く前に、その破片はぷかぷかと水中に入ったように止まり、水と共に地面に落ちていく。
それでも、平城真也の攻撃は止まらない。水中さえ拳をふるう強さは変わらず、どんな攻撃でさえ、痛みに屈する様子すらない。彼は鬼神……ただただ破壊しか出来ない姉の弟として十分に相応しかった。
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね。沙弥を傷つける全ては死ねばいい」
「く、狂ってる……」
九条あみが恐れたのは、彼の強さではない。確かに強い。彼の身体は傷ついて傷ついて、それでも何もないように立っている。しかし、それ以上に異常なのは、彼の田村沙弥への気持ちだった。
漫画やドラマとは違う狂気を含んだ一途過ぎる思い。依存さえ超えた、恐ろしい愛情。それに九条あみは、一瞬の隙を許してしまった。その隙を見逃す化物はいない。九条あみの首を掴み、そのまま地面に押し付けて拳を振るおうとした。
「死ね」
バタン、と押し込れの方から音がした。そこには押し込れを体当たりで外した目隠しに耳詮、さらに手錠も両手や足にかけられた田村沙弥だった。
「平城!! 人は殺すな!
そんなことで、人生棒に振るんじゃねぇ!!」
優しさ。
それは、彼女の長所であり短所だった。田村沙弥の命令に近い叫びは、平城真也の身体を硬直させてしまった。瞬時に九条あみは平城真也の身体を雷の力で麻痺させた。それは一瞬のことだが、一瞬で物足りる。
「ひゃっ!?」
「沙弥!」
九条あみは平城真也が動けない隙に田村沙弥の方向に向かい、彼女に触れた瞬間に姿を消した。
荒れ果てた田村沙弥の自宅。そして、静寂に包まれた化物は、本物の化物へと進化していく。
「さ、や。あ゛、あ゛あ゛あ゛ああああああああああああああ!!!」
化物の叫号は町中に響き渡った。
ゲーム開始
「うぉああっ!? 隣、田村さん家だよね!? え、サファリパークに何時なったの!?」
「フフッ……動き出しましたか」
隣にたまに居巣くう白い悪魔は、クスクスクスと笑った。