嵐の前の静けさ



「ふっ、うっ、らっ、いっ、さーん。今日も素敵です何時だって風来さんは輝いていますよ! もうぐちゃぐちゃに潰したいくらい素敵です! あ、お仕事ですか? 今日私の道場も休みなんで手伝わせて下さい!」

「……夜美。貴女は、俺以外に友達は居ないのですか?」

「最近できましたよ! 田村沙弥って女の子だけど、近づいたらシンに睨まれますから。第一私、風来さんが殺れって言うなら誰でも殺れますよー」


 ああ、この女のこういう所が嫌いだ。何で自分にここまで依存するのか、理由が分からない。
 実の弟も異常だが、この女は弟に比べたら三割増しに異常だった。彼女は隠れボスを攻略した後に現れるボス並みに強い。いや、強いだけじゃ足りない程の……言葉では表せない戦いの神みたいな女だった。彼女に傷がついても、終わっている頃には無傷になっている。彼女が破壊の神と言われても、何の驚きも無いだろう。むしろ納得してしまう。


「あ、そういえば……平城真也ですが、今日無断欠席でしたよ。ちゃんと弟のしつけはして下さい」

「……えと、竹松みたいに学校に引きこもるレベルくらいに?」

「…………アレはちょっと違います」

 今日だって帰ってくるなり「くたばれ社畜」とか言いながら実験室にこもってしまった。……説教をしてもしてもしても、嫌われるし聞いてくれない。反抗期が長すぎる。

 ……しかし、本当に珍しい。あの平城真也が無断欠席するとは。田村沙弥は……彼につれられてるんでしょうね、多分。俺も高校時代は夜美のせいでなにかしら事件に巻き込まれた。あの平城家はトラブルを掃除機で吸ってるかトラブル製造機か何かなのだろう。


「あ、あの」

「ん、水の子」

「水の子? 夜美に知り合いですか?」

「水の匂いがするから水の子ですよ風来さん!」


 キャッキャッと笑う夜美に、その琥珀より濃い茶色の瞳に髪、そして容姿はどこかで見たことがある姿だった。
 だが、それ以上に、その娘の眼に背筋がゾクリとした。冷たい視線――本当に冷たい訳ではないのは分かるだろう。まるで、感情を圧し殺した、もしくは無機質な、軽蔑する時にその眼は現れやすい。感情のこもっていない、無機質な瞳だ。


「……オイゴラァ……。風来さんにむぐっ」

「ど、どうかしましたか?」


 ここは学校、夜美が暴れてしまっては半壊は免れないだろう。九条あみは少し間を置いた後、そっと呟いた。


「田村沙弥さんを、見かけませんでしたか?」

「あ、ああ……田村なら、今日は欠席ですよ。自宅でも居るんじゃないですかね」

「そうですか……失礼しました」


 もがもが言う夜美の口を手で塞ぎ、その娘の背が見えなくなるまで見送り、やっと見えなくなった所で夜美の拘束を解いた。


「風来さん! 何であんな無礼者を逃がすんですか! アイツ絶対なにかしますよ!」

「……夜美」

「っ、はい!」

「もし、何か事件が起こってしまったなら……。
 相手に恐怖を与えるように戦いなさい。もう二度と此方にちょっかいをかけられない程に、死なない程度に……」


 まさか、あの冷泉恭真が動いたのか。それはそれでマズイが……まぁ、夜美に戦いで敵う人間は居ないだろう。武器があれど、宇宙的な能力があれど、彼女が肉体の破壊で負けることはこの先一生無い。あるとしたら……。


「最後に、俺に頼りなさい」

「…………は?」

「貴女には、俺が居ます。
 貴女は確かに間違っている。しかし、居なくていい存在ではない。貴女は、十分俺にとって大切な友です」


 ……肉体的には最強でも、彼女は精神が脆い。
 そこをつかれなければ……いいのですが。



嵐の前の静けさ


「風来さん……!! 大好きです!」

「ちょ、ひっつかな……!! そこの生徒! 俺達はそんな間柄でないし、この子は二十歳を越えてるのでロリコンではありませ……あああ!! 携帯は持ち込み不可でしょう没収します!!」


 この平穏を、俺は大切にしたい。