荒涼に帰す
「…いいの、あの子」
全員が帰った冷泉邸で、ぽつりと紫苑が呟く。あの子、というのは、見事にあみの超能力を嗅ぎ付けた、平城夜美を指していた。
すぅ、と細くなる眼光と、どこか見下すような表情は、やはり恭真に似ている。十数年前の自分を見ているようだな、と、恭真は小さく笑みを零した。
それを肯定と取ったのか、紫苑の視線が恭真に向く。その視線を受けて、彼も不敵に微笑んだ。
「…いいよ、その方が面白い。」
それに、もう手は打ってある。
やはり、こちらから攻めるだけではつまらない。あちらも捨て身でぶつかってきてくれなくては。その程度でどうにかなる人間は、生憎と自分の周りにはいないし、たとえ壊れても、それはそれで別にいい。
使いようのない、ゴミには興味がないのだ。
その表情だけで彼の内心を察したのか、紫苑はそのまま背を向けた。
「じゃあ、僕は行くよ。…そうだ、貴方に伝言」
「僕に?」
「貴方の大切な彼女から……マンションで待ってる、だってさ」
「……ん、」
その言葉を聞き、スーツを着替えようとクローゼットを漁る恭真を見て、今度こそ部屋から出て行った。
「…ねぇ、」
「ん?」
「別に貴方のすることに特に口出しはしないけど、同い年の母親だけは止めてよね」
そんな、皮肉交じりの言葉を、口元だけの笑みと共に残して。
「ふふ…やっぱり可愛いなぁ、僕の息子は」
くすくすと楽しそうに笑う恭真は、新しいスーツに着替えて、さっさと屋敷から出て行った。
「……」
九条あみは、今郷高校の門の前にいた。
一人暮らしのマンションに帰ると同時に、彼女に届いた指令――「今郷高校に潜入し、田村沙弥の身柄を確保せよ」
あみは、田村沙弥を知っていた。
先ほどまで話していた、人のよさそうな人だった。
それでも。
「あたしは…あたしのしなくちゃいけないことをするだけ」
あみは知らない。その指令には、続きがあることを。
その指令の影で、恭真が糸を引いていることを。
暗い夜道に、身を翻す。
闇を見つめるあみの瞳は、静かに凍て付いていた。