釘の価値



 目には目を、歯には歯を。
 なら、玩具を奪われたなら……?


「ん、んん……」


 玩具を、奪うまで。
 幸い、この少女には興味はあった。手に入れたいってほどではないけど。
 無防備過ぎる寝顔にかかる髪をのける。寝ている時には、起きている時の思い詰めたような面影は無く、優しく穏やかだった。
 そんな彼女は、なかなか人望があった。人の良さイコール偽善と称されやすい世の中だが、この少女は良くも悪くも、人に好かれやすい性格(タチ)らしい。それは人間だけでなく、妖怪も範疇に入る。とくに、あの忌々しい白い妖怪のお気に入りだという情報も手にいれた。


(何でこの子が)


 何も無さそうだ。楽しめそうな所は不安定ながらもまだ立ち続ける彼女の生きる強さに止めをいれることだろうか。おそらく、それをすることは容易いだろう。もしかしたら、まだギリギリでもつかもしれないけれど……保ったとして、彼女は永遠に幸せにはなれない状態まで追い込まれるだろう。もっとも、一番保ち続けて遊べる方法を実行しようかとは思っているが。

 彼女は、どうやら親友や恋人等の密接した関係になることが怖いらしい。ならば、彼女が自分から逃げられないほどに溺れさせ、罪悪感と愛しさに挟まれて徐々に壊れていくのも、なかなか面白そうだ。それに、あの白い妖怪にもやり返しができるし、なにより……。


「先生、何してんですか」


 彼でも、遊べる。


「……今日、ちょっと彼女に仕事の手伝いを頼んでね……疲れて眠ってたみたいなんだ」

「そうですか送って行きます」


 凄く早口で沙弥ちゃんを回収しようとした平城君だが、先に僕が彼女を抱き抱えた。それを見た平城君の表情は瞳孔が開いていた。


「僕が保健室に送っていくよ。君は帰っていいよ」

「なに、沙弥に触れてんだ。はやく下ろせよ。俺の沙弥に触れんな!!」


 掴みかかろうとしていた平城君の瞳が変わっていた。へぇ、彼も普通、いや……人間の類いじゃないのか? 
 今にも殺しにかかりますとでも言い出しそうな平城君を見て、そういえば、彼は二重人格だという噂を聞いたことを思い出した。


「テメー沙弥を利用するつもりだろ」

「ん? 何でそう思うんだい?」

「見てきたからだよ。俺がたくさんたくさん見てきたクソ見てぇな目だからだよ!!」


 ガコリと彼が手に触れた椅子が割れた。それでも怒りがおさまらない鬼神のような男が僕に近づいてくる。


「俺に用事なら、俺に仕掛けろ。だがな、沙弥だけには関わるな。沙弥はな、俺の全てなんだよ。
 本当はな、沙弥には俺以外関わって欲しくねぇくらいなんだよ! 沙弥の優しさも強さも弱さも暖かさも視線も声も身体も全部全部全部! 俺だけのにしてぇくらいなんだよ! だけど、それだったら沙弥は幸せになれない……笑顔になれない……だから我慢だってしてる。
 そんな俺から、これ以上沙弥を奪うな。お前なら沙弥以外でもいいだろーが。俺は沙弥しか、いや……沙弥以外は嫌なんだよ! だから、だから沙弥を返せ!!」


 とうとう彼女を奪った彼は、そっと爆睡してる彼女を抱き締めて好きだ好きだと何度も繰り返し呟いていた。
 やっぱり、彼女はたくさんの人間の支えになっているらしい。大黒柱、というより釘に近い女のコだ。

 彼女自体の価値は低くても、彼女の成した業績の価値は高い。やっぱり、面白い子。
 平城君の面白い一面も見れたし、今日は退散しよう。

 今日は、ね。



愛される彼女の価値



「好き、好きだ。本当に好き……大好き好き、好き……」

「(何この状況。そしてはずい。すげぇ目ぇ開けられない!!)」


 しばらくして目が覚めた田村は、寝たふりを続けていた。