英雄は玉座を壊せるか



「…あんのクソ女、ぶっ殺してやろうか」

爆発により、残骸の乱れる悲惨な状態となったその部屋で、恭真は優雅にベッドに腰掛けたままであった。脱ぎ散らかしていたスーツを拾って着直してはいるが、派手な爆発があった部屋にいたというのに、彼の身体は不自然なほどに汚れていない。
そう、一つも。散らばる瓦礫の一つですら、彼を掠りもしていないのだ。それはまさに、異常。冷泉恭真は、異常な人間であった。

彼は神に愛されている。そう断言しようとも、誰からも非難は来ないだろう。
冷泉恭真は美しかった。この世の全ての美を一つの身体に閉じ込めたかのような存在で、その美貌は何年経っても衰えを知らない。むしろ、年々美しさは増していく。陶器の如く、というより、氷の像の如く滑らかな肌には染み一つなく。ぬばたまの髪の黒の深さは、夜の闇さえも匹敵しない。アメジストのように煌めく瞳は澄んだ美しさに満ちていて、その瞳を覗き込めば深海の底を覗くような深みを体感するだろう。すらりと伸びた手足は美しいバランスを保っていて、それらが動くたび、優美な舞を見ているようだと錯覚さえするほどだ。
愛されているのは、その容貌だけに留まらない。
その頭脳は世の天才達と並び立ててもなんら見劣りすることはなく、身体能力でさえも優れ、おおよそ彼に欠点というものはない。
冷泉恭真は完璧だった。
その上、彼は、偶然というものによって、世界の全てから庇護されている。彼を傷つけるものは、全て"偶然"によって排除される。
例えば、先ほどの爆発。隣の部屋まで無残に破壊されるほどの威力であったにも関わらず、彼に一筋の傷をつけることさえ叶わなかった。全て、偶然に、彼を避けて散らばっている。
何を持とうとも、恭真を傷つけることは叶わない。マシンガンを乱射しても、その弾は全て、"偶然"によって外れるのだ。彼自身が、己の脳天に向けて引き金を引こうとも、弾は必ず中で詰まる。

世界は彼のためにある、と、誰かが言った。
けれど。冷泉恭真は、人知れずそれを否定する。違う、と。世界は自分のためのものではない、と。
自分が、世界のためにあるのだ、と。
自分という存在は確かに世界そのものに庇護されていて、それ故に、死ぬことを許されない。どれほど死にたくても、死ねないのだ。死んだように生かされて、そして、そのうち。…偶然に、殺される。
きっと、世界は自分のために英雄を用意するのだろう。自分を殺す、英雄を。
それは誰かわからない。もしかしたら、知人の中の誰かなのかもしれない。
それさえも、今の彼にはどうだってよかった。
来るなら来ればいい、殺すなら殺せばいい。
…やれるものならやってみろ。


「…少なくとも、お前じゃないよな?中原歩実、」


お前は俺と同類だ。だから、俺を殺す英雄になれはしない。
くつくつと喉の奥で笑って、のんびりと立ち上がった。騒ぎが大きくなる前に、さっさと姿を晦ませなければ。


「さぁて、誰かな…九条あみ、お前か?」
それも上々。いや、意外にも可愛い子供達かもしれない。古今東西、親殺しの話はよく聞くものだ。
「あぁ…平城真也、お前でもいいな」
田村沙弥に依存する彼なら、大切なお姫様を助けるために、自分に向かってくるかもしれない。それもいいなぁ。自分を殺した後、田村沙弥がどんな反応をするのか、是非とも見たいものだ。

「くくっ…いいなぁ…誰が来るんだ…?さっさと来いよ…なぁ…」






さぁ、世界に選ばれし英雄よ。
その身を誇り、この玉座を壊してみるがいい。