神の戦い



「おい、ちょっとコラ。テメー待てよ」


 茶藤陸と言う男は目標がある。それは「花鳥千歳を自分の手で殺すこと」だ。
 とある理由で、自分が殺せるのは彼女だけになってしまった。その他は消したとしても、あの花鳥千歳によって殺したことを抹消されてしまう。茶藤陸が欲していたのは、誰かを殺す理由とか、そんなものではなく“殺人経歴”が必要だったのだ。
 だが、この男は捨て身で何時も本気だからこそ一般人よりは強いとして、裏社会にいる人間としては、残念ながら直ぐに死ぬような馬鹿だろう。そんな男は花鳥千歳を殺すためにも、自分の趣味ではない服装を着て、花鳥千歳の隙を何時だって狙っていた。

 しかし、今回少し問題があった。花鳥千歳が他の奴に殺されてしまうというケースだ。以前、冷泉恭真という男が屋敷に来たとき、茶藤の残念なゼロに近い美的センスか何かは、冷泉恭真を視界にすら入れてなかった。彼の視界に入るのは甘いものか殺人、あとモフモフした動物しかない。

 そんな男に花鳥千歳は悩まされていた。よく分からないモヤモヤ感。なら殺せば手っ取り早いじゃねーかと言えど、花鳥千歳は「そんな問題じゃないのよ」と軽くあしらわれる。

 ああ、腹が立つ。

 ムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつく。

 茶藤陸はとても極端な男だ。故に、彼はその苛立ちを百パーセント冷泉恭真のせいと仮定し、とりあえずサクッと殺そうとナイフを懐にしまい、冷泉恭真が入った変な建物に入った訳だ。


▽△


「ん?」


 開いた口が塞がらない。
 殺そうと意気込んで係員か何かを気絶させて来たのは、まぁいい。なんでこの男は裸なんだ。いや、あれは毛布で隠れてるからまだいい。いや、本当は良くないけれど。
 その下では黒髪の女が甘い声で喘いでいた。茶藤陸の顔は一気に赤く染まる。興味が無いと言えば嘘になるが、彼の場合、それをするに当たっての順序も大切にするような男だった。

 彼女……では無い。さっき花鳥千歳の後をつけていた時に偶然冷泉恭真を見つけた茶藤陸。ナンパでもしているのか、と外国ではよくあるような姿に対した興味を示しなかった。だが、会って三秒くらいの早さだろ乱れすぎだろおかしいだろと童〇らしい思考が頭を支配する。


「て、てめっ……教師のくせに……!!」

「…………ん。ま、いっか。
 君、帰って」

「は!? 俺はお前を殺しにきただけでテメーに指図なんて……!」

「違うよ、君はここに来て。
 帰るのは君」


 冷泉恭真がそう言ったのは下で先ほどまで愛し合っていた筈の女だった。まだまともな常識を持っている低脳の茶藤はショート寸前だった。
 手を繋ぐだとか、抱きしめるとか、キスするだとか、……お互いを抱き合うとか、それは好き同士だからすることだと信じていた。それが当たり前だと茶藤は思っていた。
 しかし、女は目に涙をためながら、ぐちゃぐちゃになって横を通り抜けて、横を通り抜け逃げていく。
 パクパクと金魚のように口を開け閉めする茶藤の腕を引いてベッドに押し付けたのは、他ならない冷泉恭真だった。


「……っ! てめ!」

「抵抗されるのっていいよね、めちゃくちゃにしたくなる。
 君の銀髪とか、蒼い目とか綺麗だな……」


 つつつと肌を滑るように撫でる冷泉恭真に、ぞぞぞと腰辺りに寒気を感じる。気持ちいとか気持ち悪いとかの次元じゃない。
 呑まれる。


「ごみ溜めで育った割りに、本当に綺麗だ。
 妹はもっと綺麗なのかな?」


 茶藤陸の顔が真っ青になった瞬間だった。彼の絶対的存在で、誰よりも大切にしなきゃいけない、自分を「兄貴」と呼んだ大切で大切で仕方ない愛しい妹を何故知っているのか。

 自分が護らなければいけない存在を口にした瞬間、目の前の男に本気の殺意を向けるも、男の力は強かった。


「っ……アイツに手ぇ出すんじゃねぇ殺すぞ!」

「ふふ。元気なヤツは嫌いじゃないけどね……。
 そろそろ大人しくしろ、クソガキ」


 びくりと肩を震わせた茶藤を冷たく、しかし楽しそうに懐のナイフを放り投げた冷泉恭真は、優しく、されど逃がさないというように茶藤に迫っていく。


「ハイハーイ。お楽しみは終わりですよ、絶対者さん。それとも最後までしちゃいますか? 〇〇に〇〇〇を〇〇して〇〇〇〇しちゃいますか? 〇〇しても構わなかったんですがねー。私も仕事? なんでその馬鹿回収しますね」


 ケラケラと笑う白い髪の女を睨み付ける男。怒りを我慢している訳ではない。怒鳴ってやっても構わない。しかし、目の前のニヤニヤする女がわざわざそう仕掛けてるようにしか見えなかったのだ。


「…………なんだ、貴方の邪魔をしたらたいしてない猫被った裏の表情を見れるかと思ったんですがねぇ……」

「死ねよ、オイ」

「おお、良いですねー…やっぱり、人の邪魔がいちばん楽しいです! ランカーが一番にゴールするかと思いきや、誰かに抜かされたとか……芥川の蜘蛛の糸とか……。アハハ、貴方の戦略が蜘蛛というならば、その糸を切っただけですよ」

「ウザイ、ウザイウザイウザイウザイ。何だよテメー。そろそろ消えるか? どうなんだ?」

「なら、消える前に私は退散を……あら?」


 偶然、白い悪魔は水道管がたまって水浸しになった地面にたっていて、さらに偶然、その上に切れた電線が落ち、部屋が爆発した。


▽△


「あ、あぶなっ。死ぬかと思った」


 中原歩実は死なない。しかし、肉体が滅びる場合がある。この肉体も、実は変化もあるが、とりあえずは人間の死体を器にしたものだった。もちろん痛感はある。



「……ふっ、ふふふ。あはは……あははははははははははは!! はー…はは、ははははははははははは!!」


 気絶した茶藤陸を背負いながら、屋根をつたい走って、彼の回収を依頼した花鳥家へと帰宅していく中原歩実は何百年ぶりの大爆笑をしていた。


(ああもうあの男は最高だ! 彼はどれだけ神に愛されているのだろうか? この私が、天下の大妖怪さえ恐る阿弥央でさえ追い込んだあの男が面白くて面白くて面白くて堪らない!! あの男に不可能は無いのだろうか? あの完璧な容姿に生まれ、まぁ性格はそれ故として、あの完璧を崩してあの男を死に至らしめたり、乞わせたりすることは出来ないのだろうか!!)


「はー…はー…。まぁ、私の肉体も保証できない遊戯になりそうですがねぇ……」


 この身体は大切だ。出きれば壊したくない。
 そんなことを頭の隅に起きながらも、これからの彼を観察して実験していきたいなんて歪んだ悪趣味に頬を緩ませ、彼女はどんどん消えていった。



神の戦い


「あの妖怪、壊したいな」


 ああ、どちらが破滅するのが早いのだろうか。飽きない遊びだなぁ。



 ちなみに。


「冷泉先生に襲われかけた? 襲ったじゃなくて?」

「あ゛……?」

「田村さん気を付けてね。本当に気を付けてね!」

「まてまて、私は相手にされないっつーの。ねぇ、早乙女」

「僕にふるな眼球末期。いや、中枢末期」

「私ってそんな末期なの!?」

「田村さんは十分魅力的だって」

「平城止めて。天然まじ止めて」

「(え、好意を表しただけなのに天然になってる?)」



 茶藤の話は流されました。