親子の絆



 剣士(けんし)は普通に綺麗な顔立ちだった。第一印象としては「知的っぽくて素敵なんだけど、この隙がありすぎる感じは何なんだ」と呆れと言う名のギャップに憧れ等ではなく、好奇心として惹かれてしまう。そんな男だ。
 今郷高校が本日、午前で終わると日課になりつつある娘の一分以内には終わる電話で聞き、なら家族で夕食でも食べるか……なんて何処でもあるような会話をした。


「……迷った」


 これは自分のミスなのか。手元の地図を辿って我が娘のいる寮へと向かおうにも、どんどんどんどん深い路地裏に入っている気がする。
 知的な印象のする顔立ちの割、いや、ずぼらなだけなのかジャージ姿の父親は再び眉間にシワを寄せながら地図とにらめっこをしていた。
 そんなとき、ふと人間らしい声が聞こえた。ならまずここの場所を訊ねられる、と。改めて、彼は見た目に反してフレンドリーだ。言い方を変えたら、警戒心が無さすぎる。

 その声がする方へと足を運んでいくと、路地裏に関わらず薄暗い影になっていない、木漏れ日がその長身の黒髪の男に銀色の髪の男が、キスをしていた。二人とも美形な上にスタイルがいい。


(…………映画の撮影か? じゃあ邪魔したら悪いな)


 何故男同士でと沸き上がる日本人独特なのかもしれない嫌悪感は自然と沸き上がらなかった。それよりも目の前の現実があまりに絵に、不自然かつ幻想的であったためにそう脳内処理を済ませてしまったのだ。その点を抜いても、この男は変に抜けている。


「あの」

「…………え?」

「俺達に、何か用事か?」


 酷く綺麗な男だったが、その後ろが特に酷い。長年パソコンに向き合ってとうとうメガネデビューを果たした剣士だが、その男が現実とバーチャルをごっちゃまぜにして、その背後で薄く笑みを浮かべる男はCGかと疑ってしまった。もっとも、目の前の男も雑誌でも見かけない程の美形なのだが。


「……ああ、えと。ここってこの地図のどこら辺に位置するか分かりますか?」

「ここって、この地図日本地図……」

「……え、何か変ですか?」


 迷うのも当然だ。そんな単純なことを理解出来ないのか、ただただ妻に貰った地図を信じたこの男も馬鹿なのか……。
 はぁ、と銀髪の男がため息をつき、背後の黒髪は笑いを堪えていた。剣士でも流石に馬鹿にされているなと、呆れているなと感じたが、対して気にもならなかった。


「……お前は何処に行きたいんだ?」

「今郷高校って所ですね」

「ああ……彼処なら」


 銀髪の男は面倒見がいいのか、的確に分かりやすく簡潔に剣士に道を教えた。剣士はただ抜けてて警戒心がなくて人を信じやすいだけなので、つまりの所、分かりやすい銀髪の男の道案内を間違えることは流石にない。
 ぺこりとお辞儀をして頭を下げ、お礼を述べた後に彼らを通りすぎようとしたときに、黒髪の男に声をかけられた。


「今郷高校に知り合いでもいるの?」

「あ……娘が、通ってて……」

「娘さんが……。
 僕も、娘が居るんだ」


 笑顔の割には、変な違和感のある発言だった。それは親になった人間で、子供を大事で大事で仕方ないと思っているありふれた人間になら、少しは感じる違和感。
 娘を、大切に思って……今の発言をしたのだろうか?


「……成長が楽しみですね。貴方の子ならさぞかし綺麗に育つんでしょう」

「……それだといいね」


 世間でいうお世辞みたいなものを吐き捨てるように言った後、さっさと路地裏から退散した剣士はあの男から感じた違和感に一日は頭を悩ませることになるだろう。もう答えにはたどり着いているはずなのに、彼の人の良さがそれを拒んでいる。


「あ……父さん」

「あ、沙弥」


 先ほどのファーストフードを食べて早乙女春樹と別れただろう田村沙弥と、大切で仕方ない娘と何ヵ月かぶりに再会した父親は……。


「一人なのか……友達居ないのか? 大丈夫か?」

「今、一緒にいたけど別れたんだよ。失礼だな……父さんこそなんでここに」

「母さんが「沙弥ちゃんが空いてるなら家族で焼肉! 食べ放題行こーよ」みたいなこと言ってたから、……用事あったか?」

「無いよ。母さんは相変わらずだなぁ」

「お前が選んだんだろ」

「父さんも好きなんでしょ」

「まぁ、大好きだよ」

「……愛してるとは言わないよね」

「その言葉は好きじゃないんだ。大好きより軽く聞こえる」


 親子はたいした表情の変化もなしに、淡々と家族がするだろう会話をしながら、町の人混みの中に消えていく。



親子の絆



「…………まぁ、でもなんだ」

「?」

「イケメンは爆発すればいい」

「父さん……とうとう年に」

「うるさい」



 今の妻が、最初沙弥に連れてこられたのは差し引いて、自分をイケメンと見なしたから沙弥の言う通りお母さんになっても、いやなりたいなんて言い出していた過去をふと思い出してしまい、何とも複雑な心境になったのはここだけの話。