色彩は純血を喰らうか



それは麗らかな午後だった。身体を芯から冷やしていくようにすら感じる冷たい風が吹き荒ぶ中、空だけは真っ青なままで、どことなく理不尽な怒りを感じてしまう。
今日、学校は珍しく午前中のみという時間割で、午後の時間を持て余した沙弥と早乙女は、二人で昼ごはん代わりにジャンクフードを食べにやってきていた。
見慣れた赤い看板を横目に、二人で店内へと足を踏み入れた。そこで、沙弥が店の中が普段と異なりどこか色めきたっていることに気が付く。


「…なんか、おかしくない?」
「……あ、田村、あれ」


早乙女の視線の先には、一人で窓際の席に座っている恭真がいた。暖かく差し込む太陽の光が、彼の白磁の美貌に綺麗に影を作っている。周りから注がれる熱い視線を物ともせず、のんびりとした動作でハンバーガーを口にしていた。たおやかな気品すら感じられる穏やかな動作に、そのジャンクフードはあまりにも似つかわしくない。
それでも、零すことなく慣れた手つきで食べていく姿から、随分と食べなれているように見える。


「…冷泉先生?なんでここに…」
「……出よう、田村、店変えよう」
「えー…もう私達の番だから、もういいじゃん」
「なんで田村そんな鈍感なの?ねぇやっぱりプラナリアなわけ?」


店を変えようと嫌がる早乙女を余所に、沙弥はさっさと注文を済ませてしまう。スマイル0円のうたい文句の通り、笑顔でバーガーとドリンクを渡してくれる店員にとりあえず笑みを返して、それを受け取り、すぐに席を探し出す。店を変える気が全くない沙弥に、苦々しい表情をした早乙女が、諦めたように注文を始めた。注文したバーガーを受け取り、早乙女も沙弥に続く。忌々しげに窓際に視線を向ければ、彼はちょうど携帯を弄っているところだった。
最新式のスマホを片手で操作しながら、定期的に口元にバーガーを運んでいく。少し斜めに腰掛けたその足は遠目にもすらりと長く、高い身長もあいあまって、小さなテーブルの下には収まっていないようだった。全く持って、羨ましいスタイルである。店の前を通る通行人は、揃って驚いたように彼を凝視していく。
さらりとした髪が靡いた。画面を見つめる彼の瞳が、楽しげに煌めく。軽く画面に触れた後で、かかってきたらしい電話に出る。「Ciao. Come stai?」形のよい唇から紡ぎだされるのは、聞き覚えのない異国の言語。流れるように流暢な発音で、しばらくの間会話を繰り広げていく。少しして、不意に会話が途切れる。窓の外を見つめていた恭真が、不意に立ち上がって、軽く手を振った。離れた場所に立っている銀髪の男も、答えるように手を振り返す。電話を切って立ち上がり、残っていたバーガーを一口に頬張る。品のない動作ではあったが、そこにはどこか少年めいたあどけなさが残っていた。片付けようとポテトの入れ物を握りつぶしたところで、中に一本残っていることに気付く。それをつまみ出し、ぽいっと放り投げて、器用に口に入れた。丁寧にゴミを片し、飲みきれなかったコーヒーの器を手元で弄びながら、店員の熱の篭もったお礼の言葉と共に、店の外へと出て行った。


「うわー…絵になってたなぁ…」


恭真とはまた違った窓際の席を陣取っていた沙弥は、窓から恭真が出て行ったことを確認して、のんびりとした口調でそう言った。
対する早乙女は、見るのも嫌だと言わんばかりに、嫌悪に塗れた表情で、親の仇のように一心にバーガーを食べ続けている。ほのぼのとしているのか、ギスギスとしているのか、よくわからない光景である。


「はぁ…食欲がなくなった、何にもいらない」
「そこまで言うか!?どんだけ冷泉先生が嫌いなんだよ!」
「全部だよ、全部。存在自体が胸糞悪い」


見てるとなんだか、心臓に蛇が巻き付いてるみたいになる。
的確なんだかさらにややこしくなったんだかわからない早乙女の表現に、沙弥は、お手上げだ、といわんばかりにジュースに口を付ける。店内の空気は、徐々に常へと戻り始めていた。
もう見えない窓の向こうで、恭真が、待たせていた友人、シードラに持っていたコーヒーを放る。それを受け取って、二人は路地裏の方へと消えていった。