自宅はここだと言うのに



「千歳ちゃん、ちょっといいかい?」


 ……今日は厄日かしら。
 冷泉恭真がこの地の教師になってたった一日しか経っていない。警戒もしていた。女とはいえ、結婚するまでは花鳥家現当主……屈服するなんてそんなことは極道のプライドにかけて出来ない。だけど、あの容姿に言葉は毒のようで、気を抜けば彼の手駒となってしまいそうだった。
 ……それでも、いくら大規模だろう花鳥家だといえ、冷泉家が抗争等したらただじゃすまない。最悪、壊滅なんて笑えない話になる。

 ああ、目眩がする。


「千歳お嬢様。ご機嫌が悪化を継続に疑問。要求を提案します」

「ああ、大丈夫よ言美。考え事をし過ぎたせいだから」

「そのまま知恵熱出して死ねばいーんですがねー」

「…………陸、知恵熱は考えたらなるとかそんな熱では無くて、小さな子供がなる熱のことよ? 知恵がつきはじめる時期は免疫力が弱くて熱を出しやすいから知恵熱って名称なの。
 本当、陸は可愛いわね」

「馬加算鹿」

「うっせぇええええええ!! 死ねッ死ね!!」

「お嬢様に敬語を削除し罵倒を完了、結果……陸、貴方を調教します」

「うるせぇええええ!! 敬語敬語って敬語が無きゃいきてけーねぇのかコラ!!」


 ……でも、やっぱり陸や言美の素顔を見ると元気が出る。こうも賑やかな毎日は好きだ。いや、銃声とか爆発音とは別だけど。
 普通の家庭で、彼らのような姉弟がいたらどれだけ人生を楽しめただろうか。

 ……でも、それはそれ、今は今。彼らを生かすためにも私は冷泉恭真と戦わねばならない。幸い、相手は私より地下に住んでるあの子に用事らしいし。


「千歳さんから用事なんて珍しいですね」

「こんにちは千歳さんに言美さん! 今日の和服も素敵ですよ!! ああ脱がせて〇〇〇をぐぼっ!」

「さ、話を続けて下さいな」


 相変わらず、容赦無いわね。
 見事な回し蹴りを兄(実際は歩実ちゃんの方が年上だし、血は繋がってないのだけれど)のお腹にダイレクトに咬ました歩実ちゃんは変わらない笑みで訊ねる。〇〇〇を聞いて陸が真っ赤になった顔を隠そうとしてたのが視界の端に見えて、やっぱり可愛いなぁと思ってしまう。

 粗方の説明をしたあとに、わざとらしくぽんっと手を叩いた歩実ちゃんはやっぱり笑顔だった。


「ああ、あの方ですか。一度ちゃんと話してみたかったのですよ」

「……歩実! まだ歩実がお嫁に行くには早すぎます!! まずお兄ちゃんを通しなさい話はそれからぐふうっ!」

「で、その冷泉さんは何処ですか?」


 止めとばかりに歩実ちゃんの手が光った瞬間に兄に伸びた縄は彼を拘束していた。本当、あれどうやって出来ているのかしら。妖怪というか、犬神は不思議ね。


「凄いね。どうやってるの、ソレ?」


 固まってしまった。
 客間で待ってもらっていた筈なのに、いつの間に。
 音も無しに現れた彼に目掛けて言美がフォークを投げたけど、優に避けられてしまった。


「……っ、言美! お客様よ!」

「っ!? 侵入者と推測を完了しました。語釈を謝罪を開始します」

「いいよ。僕も急にゴメンね」


 ほ、本当に謝っているのかしら……? いや、怒っていないのかしら?
 彼の只ならない雰囲気が安堵を許さない。
 畳の上では片膝を立てて座る(膝まづく)なと言ったはずなんだけど、どうも形になっていて注意も出来ない。

 彼の威圧に、存在感に呑まれる。


「犬かテメーは」

「…………陸、それは私への罵倒と受信ですか?」

「あ? お前以外誰に言ったと思うんだっ!?」

 陸に飛びかかった言美。二人は屋敷を荒しながら何処かへ行ってしまったけれど、今の陸の発言で何とか我に返れた。


「それにしても、君綺麗な顔立ちだね」

「………………え、俺? アレですかね。やっぱり出してるもの出してるから肌はいいのかもがぶっ!!」

「ふふ。作り物でよければ私が人形をつくって差し上げますよ。〇〇〇にいい具合に〇〇された人形ならね」

「歩実の〇〇〇になりましょうがふっ!!」

「というか彼をくれないかな。長持ちしそうな身体してるし」

「これは私の奴隷なので却下です」

「奴隷だなんて何て素晴らしい称号……!! あだだだだだ! 歩実ストップ! 貴女の逆海老固めは並みの人間より五十倍は痛……い゛いいいいいいいいいいい!!」


 …………何しに来たんだろう。
 彼らの卑猥な会話を聞いていたら、私でさえも帰りたい衝動に駆られた。


自宅はここだと言うのに


 冷泉先生はギリギリのラインで受け渡ししていただけだったけど、中原兄妹の発言がもう二十禁で疲れてしまいました。