栄枯盛衰



「ナゼ、奴ガ居ルンダ?」


 つい、演技を忘れて冷泉恭真を凝視してしまった。
 彼のことは噂で聞いたことある。だが、その存在がスパイ組織の上に君臨しているという事実だけだ。

 ――異質。
 この一言で冷泉恭真を現せるとは思わないが、少なくとも大まかには分かる一言だろう。
 確かに、あの顔立ちも異質だろう。若いと言うのにニキビも、その跡さえ全く無い赤ん坊のような滑らかな肌に、相手を惑わせんばかりの視線、そして誘惑するかのように弧をえがいた唇。全てが異質。山族の特殊メイクでも、あそこまでの美形は作り上げられないだろう。

 また異質なのは、気候の問題。俺の思い込みかもしれないが……例えるならば、夕日が差し込む図書館の日差しに照らさ、読書に勤しむ漫画やドラマの際立ったキャラクター…それは部分的だと言う筈なのに、冷泉恭真にはそれが不自然な程に頻繁に起こりすぎていた。

 まるで、世界は自分の手下とでも言わんばかりの存在。僕は、それが何とも滑稽に思えて……安心できた。

 裏を見てきた人間は、裏でしか安心できない。
 望月や田村、実と言った、単純馬鹿で異常な程の他人思いのヤツは、反対にあたしには理解出来ない。


「……さーあーちゃんっ!」

「うおっ!? も、桃……どうした?」


 でも、それでも私は演技を続ける。
 私は男、男の美少女の役。底無しに明るくて今時を研究するありふれた女子高生……。


「冷泉先生ってカッコイイよね!」

「あ……そ、そだね」

「もー! さーちゃんったら照れ屋なんだからー。なんなら今から話しかけに行こっか!」

「え、え? いや、私は、その」


 田村沙弥は人の頼みを断れない人間だったのか。少なくとも、無自覚だろうがフェミニスト……紳士的みたいな所があるから、私の頼みが断れないといった具合なのか……まぁいい。
 田村沙弥の手を引いて冷泉恭真の前へと誘った。冷泉恭真は今しがた私達に気がついたらしく、ゆっくりとこちらを向き、ニコリと微笑みかける。


「どうしたの?」
「えへへ、冷泉先生って奥さんとか彼女さんとか居るんですか?」
「ちょ、桃!」


 ミーハーなのは演技だっつの。でも、少しは興味ある。
 冷泉恭真は少し考えた素振りをして……。


「…………何なら、僕の彼女になる?」

 夜の華のように、夜中の蛾を誘う街灯のように、妖しく、妖艶な笑みを浮かべた。彼にとってみれば半分冗談(いや、寧ろ八割か)、半分本気だろう。
 この顔なら、どんな女や男でも彼の虜になるだろう。


「……た、田村さん!」

「ん、ひらじうごっ!?」

「売店行くからついてきて!!」


 何だその誘い方。
 平城真也は田村沙弥の首根っこを掴んで引きずって行ったから、間違いなくしばらくは田村沙弥はあの世をさ迷うと思う。田村沙弥が男のような性格に対し、アイツは女々しい。それに田村沙弥になると余裕が無くなるようだ。
 残された私と冷泉恭真には距離はさほど離れていないに関わらず心の距離は極端に離れていたように思われる。


「本当に、面白いな」

「ごほっ……平城真也ガカ?」

「おや。口調を戻したんだね」

「オ前ノ視線ハ、平城真也ニアッタ。ソンナニ田村沙弥ヲ使ッテ平城真也ヲ壊シタイノカ?」

「…………うーん。何て言うかさ、彼の田村沙弥ちゃんへの一途な思いは尋常じゃない位だと思うんだ。真っ直ぐに伸びた棒は、フとしたキッカケで倒れてしまう。だけど、彼は保ち続けている。田村沙弥という娘の存在だけで立ち続けている……素晴らしいと思わない?」

「悪趣味ダナ。マルデ白イ悪魔ヲ見テイルヨウダ」

「白い悪魔……ああ、中原歩実ちゃんのことだね」

「…………会ッタノカ?」


 意外だった。
 あの外道の名にふさわしい化物は何時だって高みの見物を楽しんでいた。一度「私達全ての生き物はモルモットに等しい価値なんですよ」なんてヘドが出る発言をしていたが……それでもヤツは周りの人間を中心にして遊んでる奴だった。そんなヤツが人前に出るのは結構マレで、このよそ者の冷泉恭真が知っているとは意外だった。


「あの子と僕が、ね」

「一応忠告ハシテオク。アノ悪魔ハ異常ナ快楽主義者ダ。平穏ニ生キタイノナラ関ワラナイコトダナ」

「ふぅん。ところで、その歩実ちゃんは何処に居るの?」

「話ヲ聞イテイタカ?」


 積極的に関わるつもりらしい。
 ……もしかしたら、いや、もしかしなくても、コイツは刺激だけで生きていく人間なのかもしれない。
 そんな刺激ばかり身体に与えていたら、免疫力が低下してしまうだろうに。



栄枯盛衰


「……悪魔ハ、花鳥家ニ居ルトイウ噂だ」


 私は、あえて彼を止めない。そのまま細いままで腐りきってしまえばいいんだ。