対照的な双黒




「悪かったね、こっちの起こした騒動で、色々と」
「あ、いえ…」


まず、尋ねたい。
あの先生は、一体何歳なのですか、と。
目の前でそう淡々と…それでも一応謝罪の意を告げる冷泉紫苑を見て、沙弥は切実にそう思った。


ことの始まりは朝である。
熱を出した平城真也も、刹那の看病で完全に回復し、恋人である田村沙弥と二人で登校して、教室に入り、いつも通り風来灯真がやってきたところで、またちょっとした騒動が起こった。
「少し、貴方達に話があるという人がいますので、ホームルーム中に済ませてしまいますね」
そう先生が言って、入ってきた人間に教室がざわめく。


「はぁ…冷泉先生?改まって何の話……ん?」


呆れたように溜息をついてそう言った早乙女の言葉が止まる。
そして、入ってきた人間をじっと見て、「…違う、あの最低野郎じゃない」と呟く。
沙弥も、平城も、最初の一瞬はわからなかったが、その人物は冷泉恭真に酷似してはいても、彼ではなかったのだった。


「…全員間違えてるみたいだけど、僕はあの人じゃないから」
冷泉恭真では、ない。
彼はこれほど普段の雰囲気は冷たくはないし、何より、その男は無表情だった。恭真なら、大抵にこにこと読めない笑みを浮かべている。

「もう知っている人間もいると思うけど…僕は、冷泉紫苑。水無月高校の生徒会長で、冷泉恭真の息子…」
淡々と告げるその言葉には、感情はないようにすら感じられてしまう。
表情にすら、どんな色も滲ませていなかった。

「傍迷惑なあの人が、相当の騒ぎを起こしてくれたみたいだから…一応、そのお詫びに来たよ。ま、信じられないと思うけど」


一目では見分けがつかないほど、酷似した容姿。
同じ色彩、同じ威圧感。
多少違うのは、身長くらいであろうか。
それでも、二人の浮かべる表情はあまりに対照的だった。
にこやかな笑みを浮かべる恭真と、能面のように表情が変わらない紫苑。そこに感情がないという点だけが、皮肉にも共通点となっていた。

二人は似ていた。
これ以上ないというほど酷似していた。
それでも違った。
それは、その表情の違いより、その発言であったと誰もが語るだろう。


冷泉紫苑は、冷泉恭真に育てられたわりには、ありえないほど当たり前の常識を備えていたのだった。









「まぁ、用件はそれだけだから、じゃあ」
「は、はぁ…」

そして今、その冷泉紫苑に個別で謝罪を受けている。
今回、一番被害を被ったのが田村沙弥であったと判断したらしい。
恭真と同じ顔で普通に、しかも良識的に接せられるのは何だか物凄い違和感であると沙弥は感じた。
その間も、紫苑は決して表情を変えない。
無表情なのにきちんと謝っているのだと相手に伝えられるというのは物凄いことなのでは…とくだらないことに思考が移ったところで、不服にも聞きなれかけた…それでもまだ、恋愛的な意味ではなくどきりとさせられてしまう声が響く。


「あれ、紫苑?こんなところで何してるの?」
「……貴方の代わりに謝罪にだよ」
「なんだ、そんなこと、別にいいのに」
「…貴方はそろそろ常識を持とうか」
「全く…どうしてこんな子に育ったんだか…」
「貴方のおかげだよ、反面教師ってやつだね」
「それはよかった」


紫苑の肩に腕を乗せ、実に楽しそうにぐりぐりと頬を弄る恭真。
それに対して、先ほどまでの無表情さが嘘のように心底嫌そうな顔をして反抗する紫苑の姿があった。
二人は似ていると感じたが、こうして並んでいると、やはり紫苑の方が顔が幼く、恭真は大人びた…というより、紫苑より色気が混じっている。
同じ顔の二人がじゃれ合うというかなり珍妙な光景ではあったが、その情景はどこかほのぼのとする、どこにでもある家族の様子だとぼんやりと思った。