笑って、笑って




「彼氏が盛りの付いた犬と化したんですがどうしたらいいですか」


再び教室で、この先生と向き合う羽目になってしまった。
あの日、必死に真也から逃げ出して以来、発情具合が半端ない。それはもう、今までの比ではないくらいに。
そして結局、この冷泉恭真の元に戻ってきてしまった。


「うーん、もう大人しく押し倒されとけば?」
「元も子も無い!…あれ、デジャヴ」


似たような会話を繰り返した後、また、先生はけらけらと同じように笑う。
…気のせいだろうか。
なんだか、先生は前よりよく笑うようになったみたいだ。
いや、それはもちろん、嫌味な計算尽くされた笑みでもあるし、貼りつけたかのような違和感は拭えないのだけれど、それでも、笑う回数が増えた気がする。
それと、彼が自分を「俺」と言う回数が増えた。
…これは私が気付いたんじゃなく、早乙女情報であるのだが。口調も、多少落ち着きつつある。ばらばらだった感じが、少し緩和された。


「うーん…じゃあ、これはどう?逆に押し倒す」
「男らしい!…って、それじゃ根本的解決になってませんから!」
「そう?俺はよく押し倒されてたよ」
「ええー…」
「何さその顔、疑ってるでしょ」
「いや…先生ってどう見ても押し倒す側じゃ…」
「まぁ、基本そうなんだけどねー…彼女が凄い勝気なじゃじゃ馬だったんだよ」
「彼女…」


意外すぎる言葉に、思わずオウム返しになる。
その表情がおもしろかったのか、あはは、と笑いを零し、椅子を反対に座って肘を付いた体勢で私を覗き込んだ。
…見た目が極端に若いせいだろうか、上着を脱いでいるからシャツが制服のように見えるせいだろうか、まるで、先輩とでも話しているようにすら錯覚してくる。
浮かべた笑みは、どこか幼い。


「こないだ写真見たでしょ?あれ、僕の彼女、遠野凛架」
「ああ…あの美人さん…」
「すっごい綺麗でしょ、スタイルも抜群でね…俺は彼女より綺麗な女を見たことがないなぁ…」
「…ノロケですか」
「そ、ノロケ。とにかく綺麗で、性格は女王様、自分よければ全てよし…でも可愛いとこもあるんだよ」


にこにことした笑みでそう語る先生に、複雑な気分になる。
けど、興味もあった。この人が、冷泉恭真が愛したという女性に。


「…好きなんですね、その人のことが」
「ふふ、だーい好き」


過去形でない、素直な愛の言葉に。
酷く切なくなった。




「あ、そういえばさー、結局平城君とはシないの?」
「う…だから、それはもう少しお互いを知ってから…」
「身持ち固いねー」
「先生とは違うんですよ!」


そんな他愛ない会話を繰り広げていると、前回と同じように真也が駆け込んでくる。
大人と子供、小型犬が大型犬に噛み付いているような、ともすれば微笑ましいとも取れる喧嘩をした後、冷泉先生は去っていく。
途中、風来先生に捕まって仕事をしろと職員室に連行されていた。
「沙弥ちゃん沙弥ちゃん」と犬のように擦り寄ってくる真也に、とりあえず危ない雰囲気にならないうちはいいかと好きにさせながら、先生との会話を思い出していた。


「そうだ、沙弥ちゃん」
「なんですか…?」
「男を落とす最高の口説き文句、教えてあげようか」
「え…?」
「…愛してる、」
「……?」
「男なんて単純な生き物だ、要するにね…」


直球の愛の言葉に叶うものなんて、ないってことだよ。





「…真也」
「ん?なに、沙弥ちゃん」
「あー、えっと、その…す、好きだよ」
「…!!沙弥…!!」
「うわ、ちょ…ここ教室!!」


残念ながら、この口説き文句は乱用できそうに無い。