戦いの傷



 彼らは、来た道を帰っていった。もう田村沙弥は救出した。冷泉恭真の興味も薄れ、戦う理由が無い。

 シードラと戦っていたはずの風来は、肉塊や血を浴びすぎた一室で夜美を正座させ、ガミガミと叱っていた。風来の怪我は幸いあまり無く、シードラが手加減をしていたからだろう。夜美は体質により無傷だが……風来に説教され初めて、精神的に参っているようだ。

 ならば、夜美の相手をしていた紫苑は何処に行ったのだろうか。彼は警察が駆け付けて、逃げている風葵を連れて姿を消した。あと、大梨に望月は保護という形で警察に連行されている。もちろん、風葵ファンクラブもだ。
 竹松に黒崎の闘いがあった場所はもはや抜けのからだった。竹松は随分前に帰ったみたいで、のち風来を見て「ざまあ」と嘲笑ったらしい。
 花鳥と刹那は現在進行形で戦っていたが、田村沙弥の姿を刹那が見た瞬間、戦いは終わったと直感し、姿を消した。花鳥千歳はボロボロになりながらも、なんとか組の威厳は保てたと喜んでいた。
 最後に、あみと中原実だが……反対に中原実を全員が極刑した。傍目一方的に殺られているだけだったが、口から溢れる卑猥な言葉の数々は耳を塞ぎたくなるほど。九条あみに同情してしまうほどだった。

 冷泉恭真と、シードラも何処かへ行った。まるで何事も無かったのように、日々は始まるが、お互いのしてしまった傷に怒りはきっと、一生残り続けるのだろう。許せないだろう。許してはならないだろう。


 それが、人間というものだろう。


▽△


「沙弥ちゃん! 移動教室行こ」
「ちょ、引っ付くな! はずい!」
「恥ずかしいだけならダメー」
「オイ……」


 一番重傷だったはずの平城真也はたった三日で完全復活した。そして、田村沙弥から離れようとしない。変わらない笑みを浮かべる彼だが、やはり田村沙弥を失う恐怖があってこそだろう。
 田村沙弥も同じく、平城真也が傷つくことを恐れた。いくら青空が生きていようが、事件はあったことだ。彼女は一歩踏み出す力がついたものの、根本的な恐怖が拭える訳ではない。

 ……彼らも、変わらずに日々を過ごしているのだろうか。傷をおったまま、ただ苦しみ、それでも笑みを一生懸命浮かべ、生きているのだろうか。

 確かに、生とはある意味地獄かもしれない。


「……どうでしたか? 今回の人間の物語は。
 外傷は確かに癒えます。しかし、人間の心の傷はどんな療法でも跡形無く消し去ることなんて出来ないのですよ。
 そう……忘れたって変わらない。過去は変えられない。幾つかの形として残ってしまうのです。
 フフフッ……冷泉恭真は、化物らしく面白く悲しく哀れに生きてますねぇ……。世界中の誰もが手にしたい富や地位、容姿に才能、さらに身体の保証まであるのにも関わらず……あれだけ不幸だとは。
 本当、無い物ねだりという文化は変わりませんねぇ」


 クスクスと笑った白い悪魔が消えて、その戦いは終了した。
 ……さて、彼らがどうやって関わるのだろうか。

 無視するか、罵倒するか、殺し合うか、はたまた笑顔でフランクに挨拶をするか、変わらない日常なのか……。


 さて、最後のデザートでもいきますか。



戦いの傷


 彼は、死が欲しかったのでしょうか? それとも……?


「クスッ。
 オモシロカッタナァ」