白の無自覚






 阿弥央――中原歩実を極悪人と呼ぶ人間もいれば、聖人だと言う人間もいる。そもそも彼女は人間ではない妖怪なのだから人間の常識には囚われない存在なのだが、ここでは人間であることを仮定としよう。
 彼女がしている事は、人間の願いを叶えるという夢のような話だ。しかし、夢が叶ったからといって幸せになるとは限らない。釣り合わない幸せを手にした人間が不幸せになるのは当然だ。そして、どん底に堕ちた人間の生命エネルギーを自分の力にしている。
 しかし、彼女はあるものを探していた。夢のような願い。されど求めずにはいられない夢。
 結局、彼女も冷泉恭真と同じ「綺麗好き」ということだ。ただし、彼女の場合外観は求めず、中身にしか興味ないのだが。


「…………」


 呼び出しをくらった。
 シードラ・インフェルノから中原歩実へのラブコール、ではなく果たし状……なのか。
 繊細で滑らかな筆跡でシードラが美しい人間だと予想されるのはあまりに早すぎる。

 現在の中原歩実はさらに変化を重ねて、元の姿に似た形になっていた。ただし、まだ肉体は元に戻ってはいないだろう。少なくとも、シードラと話す間くらいは休ませなければ全快にならない。

 もちろん、阿弥央はこの誘いに乗るつもりだ。彼女といえど常に危険にさらされる毎日など送りたくもない。それが人間や陰陽師なら対処できるが、原因が偶然なら尚更だ。偶然の神もいることはいるだろう。しかし、ちゃんと形と成っているとは限らないし探すことだって不可能だ。


「……風来灯真に破壊神の居場所を教えたのは、吉とでるか凶とでるか……」


 ふと、阿弥央は呟く。
 彼女の口にした通り、阿弥央は風来に夜美の居場所を教えていた。今、あのシバよりも破壊の可能性を秘めた化け物を敵には回したくない。こちらが生産の神なら、あちらは破壊の神。力比べをしても後者の方が圧倒的に有利だろう。

 しかし、この行為が冷泉恭真の尺に触った。確実に偶然が自分へ何らかの制裁を与えるだろう。無理矢理物体と化した身体で、傷ついてしまったら身体を治すことに、傷ついたことにも力のダメージが伴う。今の阿弥央はあまりに不利だった。


「……フィオレさん」


 彼女が漏らした名前の主は既に死去していた。そして、阿弥央が見てきた中で最も優しい人間だ。あれだけ恐ろしい善を行える人間はそうそう居ない。
 そして、阿弥央は最期まで彼女を理解出来なかった。
 阿弥央は、ただ見たいだけだった。
 他人の為とか自分の為ではなく、ただ本能で誰かを優しくしてしまう人間とか、心の奥底から人間を愛する人間とか、誰かの為に大泣きできる人間。

 それを、彼女は自覚していない。
 彼女は、一人ぼっちの妖怪だ。自問自答で自覚できるほど彼女は素直でも器用でもない。


 視界の端に、キラリと光る銀色が目に入った。どうやら、当舞台の役者は揃ったらしい。