たとえば歪な友情だとして







「…あーあ、つまんねぇの」


風来灯真が来たことにより、自分の元から戻るだろう夜美を置いて、恭真は路地裏へと歩き去る。
既に彼女に興味はなかった。
明日会えば、興味も再発するのかもしれないが、少なくとも今日は興味が失せている。

最後の視線が、気に入らない。
まるで、「アンタにそんな存在はいる?」とでも問いかけたそうな、彼女の瞳。
同情でもされたようで、気に食わなかった。

苛立ち紛れに、わざと大きく足音を響かせる。
しばらく歩いて、ふと足を止めた。
頭上に、大きく月が昇っている。ああ、そうか。今日は満月か。
妖しく輝くその月を見上げて、懐から煙草を取り出し、咥える。
純銀のライターで火を付け、ゆったりと煙を吐き出したところで、不意に馴染んだ気配が近づくのがわかった。


「こんなとこにいたのか…何やってんだよ」
「…シド、」

呆れたわけでもなく、咎めるわけでもなく。ただ、単純にこんなところにいたのか、とだけ口にして、シドは隣に並んだ。
近しい身長…それでも、シドの方が少しだけ高いが…それが、なんだか落ち着いた。
くすりと笑い、彼に身体を寄せる。
咥えた煙草を手に持って、唇を寄せる。シドは拒まなかった。
唇を重ねて、舌の絡まる音がする。煙草の味がするのは、自分か彼か。


「…ねぇ、シド」
「何だ、」

シドを利用するつもりなんてなかった。
そもそも、彼を利用など出来ない。そんな概念そのものがない。
自分の始めた悪趣味な遊びに便乗するときだって、彼も彼で愉しんでいたし、あまり動かないから他人は気付かないだけで、今回の件も、きっと愉しんでいることだろう。昔からそうだった。
そうでなければ、これほど一緒にいない。

彼の歪んだ表情の美しさを、恭真は誰より知っている。
案外独自に動いて現状を引っ掻き回したりすることもあるのだと、長い付き合いのうちで熟知していた。
平気な顔をして嘘をつけるような、酷い男なのだということも全部知っている。




するりと身体に腕を回し、否応がでも性的な意図を感じさせる手つきで背中を撫でる。
肌蹴た胸元に顔を寄せ、欧米人特有の白い肌に擦り寄った。
耳元に唇を近づけ、囁くように吐息を吹き込む。

「……僕に黙って、"オタノシミ"…?ズルイなぁ…」
「…バレたか。流石、目ざといな」



くすりと笑って、恭真の身体を抱き寄せる。
視点が合わないほどに顔を近づけ、口角を上げる。
久しぶりに見た、シドの"悪い顔"に、恭真の顔に愉悦の笑みが浮かぶ。

恭真に負けず劣らず、にたりと妖艶な表情を浮かべたシドの手には、見覚えのある筆跡で書かれた一枚のカード。



それは、かの「白い悪魔」。
「中原歩実」…いや、「阿弥央」の筆跡に酷似していた。