猪型教育法について






 私を理解できる人はいない。できる化物なら、目の前で笑っていた。

 確かに、誰よりも私の苦しみも悲しみも憎しみも理解してくれているだろう。
 だけど、私は勘がいいからわかる。コイツは私だけを見ていない。私を通じてあらゆる世界を創造しようとしている。だからこそ、理解してるからと手をとるわけにはいかなかった。
 この体質のせいか、私の生き方のせいか、私はちゃんと誰かに見てもらったことがなかった。相手の目に浮かぶ恐怖に、何度も自分の目をえぐろうとしただろう。


「だからこそ、私は風来さんを尊敬しているんだ」


 冷泉恭真は、彫刻みたいな笑みをスッと消した。私の目を力強く見つめる姿は、私の敬愛してやまない彼をさらに思い出させる。


「風来さんは、私だけじゃなくて、アンタだって理解できない。だけど、できないことを死ぬほどやり続けられる人間なんだ。諦めるなんて、頭にないんだろうね。だからこそ、理解出来るわけないのに、私に真っ直ぐ向き合ってくれる風来さんが大好きなんだ」


 どこか自嘲めいた戯言に呆れとしまい、笑いさえ込み上げてくる。冷泉恭真はそんな私を目にしてか、己も完璧なんて言葉じゃ足りない程に造られた笑みを浮かべていた。


「夜美!」


 遠くで私を呼ぶ、あの人の声が聞こえた。瞬きも出来ない間で振り返った私の目に映ったのは、肩で息をしながら私に駆け寄る風来さんの姿。


「あな……はー…たという人はっ……ひー…一日家族に連絡もなしに出かけるなんて……ふぅ。どういうつもりですか?」
「復活が早いね、風来先生」
「冷泉恭真。貴方には貴方でお説教があります。そこで大人しく待っていなさい」


 口調は多少息切れをしてるものの、何時もの不快感のない声高に音量だった。相手を威嚇させてはならないと風来さんなりの努力の賜物だ。
 風来さんは、かなり体力があったはずだ。何でこんなに息切れなんかしているんだろう。
 そんな疑問、長く見てきた私にとってみれば愚問だ。


「夜美、まず最初に」
「ありがとうございます」
「……はい?」
「私を一生懸命探してくれたんですよね?」


 何時間、走り回ったんだろう。風来さんの貴重な時間を無駄にしてしまった罪悪感があるものの、それ以上に嬉しくて嬉しくて仕方がない。

 風来さんは数秒固まっていたけど、一気に顔は赤くなって、肩や指、膝が数ミリ単位でプルプル震えていた。


「……あの、ですね。先日、貴女のお母様から一日家を開けてて知らないかと連絡が来たから貴女が心配で……ああ、違う。ではなくて、貴女を叱りに……ッ! 冷泉恭真先生。だいたい貴方が……っていない!?」


 慌てて話題を変えようとした風来さん。だけど、冷泉恭真は姿を消していて、さらにワナワナと震えていた。
 あーあ、今日は一日中叱られるな。それに、口答えも許してくれないだろう。
 だけど、私をこんなに探してくれるのも、叱ってくれるのも風来さんだから嬉しいんだよ。

 冷泉恭真、あんたにそんな存在はいる?