前夜祭の嘲笑





「歩実、何で最近そんな怪我をしているんですか? 今日に至っては元の姿ですし。ハッ……! 何で俺を誘ってくれなかったんですか!? SMなら何時だってぎゃふっ!!」
「黙れ、変態」
「その口調の歩実も素敵でゴバッ!!」
「器が傷ついたからな、今は治療中だ。今はただ変化をしているだけだが、何か文句あるのか」
「いえ! 素敵だと思いますよ!」
「阿ーー弥央ぁああああ!」
「……ちぃっ」


 忌々しいとばかりに、彼女を呼んだ男を射抜くように睨み付ける阿弥央。その先には実と同じく、お腹から大声をあげて笑っている真っ黒の髪を腰まで伸ばした男がいた。だらしなく和服を着ているからか、白い胸元がチラチラと見える。ボサボサの黒く長い前髪から見える金色の瞳は何処かの化物を連想させた。


「おおー! 北斗から聞いた通り重傷じゃのー!」
「あのクソ狐……。
 ……何の用だ、笑いに来たのか?」
「見舞いじゃよ! みーまーいっ!」


 ケラケラと笑いながら、阿弥央や実の前にある長いテーブルに、鹿を一匹どんっと置いた。


「さぁ食え!」
「食えるか!! お前こんなもの何処で狩ってきた!?」
「山じゃよ。ほらーえー…しかなべ? これを作ればスタミナもついて元気になるじゃろ!」
「この状態の我は腹は空かん! それに破損しているのはフィオレの……!!」


 ギリッ、と歯を噛み締める音が阿弥央からした。心底悔しそうに、恨めしそうに何かを睨んだ阿弥央だったが、ふと何かを思い出したように、後ろに振り向いた。その先にはプカプカと水滴に浸かっているあちこちに傷を負った中原歩実の姿。


「歩実、あ、いや……阿弥央とフィオレさんの関係って」
「聞くな」
「……冷たいです。でもそんな阿弥央を温めるような温かい紅茶を淹れてきますね!」
「あ、こら! だから……」


 現在は吸血鬼といえど、元は人間の彼に気を使われた。それだけでも屈辱的な阿弥央は、背もたれに腰をかけ、腕をくみ、口を結んだ。
 実の背が見えなくなった瞬間、ニコニコしていたシバの目が、鋭くなる。


「……阿弥央、誰にやられた」
「……はぁ?」
「大切な友を傷つけられてはワシの堪忍袋も堪らんわい。言え、今すぐ消してやる」
「別によい、そんなこと」
「だが」
「“偶然”、我がトラックに引かれたりドデカイ看板が落下したり電球が破裂して肌に刺さったりしただけだからな」
「その偶然出来すぎてるじゃろ!?」


 できすぎている。確かに、そうだ。


「どうやら、我は偶然の神とやらに嫌われた様だな」
「は?」
「前に貴様に廃工場を向かわせた時に、我はある異常な人間で遊んだ……というよりは、見ていた。だが、それが仇となったのだろう……」


 ククッ。
 彼女は、笑った。
 怒りも憎しみも恨めしさも楽しさも、全てを圧し殺して笑った。


「……ならば、偶然の神と戦ってやろうではないか」
「! 待て阿弥央! 今のお前がもし、全部の力を使いきったら……!」
「まぁ、五百年くらいは死んだも当然だろうな」
「……!」
「それでも、我が勝たねば我は永久に偶然に殺されかけるからな。それはたまったもんじゃない」


 椅子から立ち上がった阿弥央は、自分より高いシバを通り抜け、別の場所へと向かう。


「……今回は、貴方を楽しませる番でしょうね」


 阿弥央は薄く笑みを浮かべ、地上に足をつけた。