人工衛星を眺める

「あの、」

「なに?」

胡散臭そうな笑顔を顔いっぱいに広げた先輩は不満そうに口を尖らせた。そんな不細工な表情さえも絵になるイケメンなのに、性格が非常に残念なのだから救えない。


「なんで、ここにいるんですか。」


ここは私の部室で私だけの空間のはずだった。一ヶ月くらい前に先輩がくるまでは。
天文部という名前だけで殆ど活動なんてしていない。しかも部員は私だけだ。
それに私だって天文なんて知らないから小さい空き教室を利用させてもらってるだけなのだ。もう天文部というのはただの面目に過ぎなくて放課後の暇を1人潰す場所というだけになっていた。


そこに。先輩がくるまでは。


「えーっ?だから何回も話してるけどたまたま通りかかったら色白でかわいー子がいてーあっそれが有花ちゃんね。で、仲良くなりたいなーって思って」

「それで一ヶ月くらい前からずっとほとんど毎日入り浸ってるわけですか。暇ですね。」

「酷い!暇じゃないですよぅ!」

「じゃあ今すぐ出て行ってください。今すぐ」

「本当に!酷い!」

「酷くないです」

「酷いよ?!…さてはあれだな!有花ちゃんツンデレだな!」

「違います。」


かわいー子≠ネんて形容されて、心が浮き足立つのは、心臓が跳ねるのは。そんな事は誰にでも言ってるのだ。この人は人たらしだから。誰にでも惜しみなくそれに似合った賞賛の言葉を吐いて並べるてるのだろう。…なんて思って無理にでも高く鳴る心臓を押さえつけていないと勘違いしてしまいそうになる。そんなこと言わないでくださいって、綺麗な言葉はいらないですからって。

わざと冷たくあしらって。この1人だけの淋しい場所に先輩が来てくれたことが嬉しいだなんて。そんなのまるで。



天文は詳しくないけど。部屋にあったそれに関する本は一応いくつか読んだ。それには星座の名前や観察の仕方。それにキラキラとした空が必ず描かれていた。先輩はそれの一つなのだろうか、綺麗な栗色の髪が窓から風と一緒に入ってくる光に照らされてキラキラとひかる。本の写真と同じだ。それと比較したら私なんてチリくらいなものだろう。ちりと星。比べることも億劫になっていつも本を閉じた。本にため息を重ねてその辺に放り出していた。


でも、それも悔しいから。



「先輩。やっぱり帰らなくてもいいです。」


文句を垂れていた先輩は驚いたような顔をこちらに向けた。そりゃそうだ、私だって始めて先輩にこんなこと言った。いっつも私だけため息ついて暗い気持ちになって癪にさわったんだ。別にいいじゃないか。ちょっとくらい。そう、ちょっとくらいなら。


「そうなの?」

「はい。」

「なんで?」

「私が、先輩のこと好きだからです。」

「はぁ?!」


いつもと表情が変わってないだろうか、無表情は保たれているだろうか、顔が赤くないだろうか。そういうのが怖くて。伝えてしまった後の反応が怖くて。


「でも、先輩は私の事どうでもいいと思うし、こんなこと言われても困ると思うので忘れてください。あと、もう来ないでください。返事もいりません。…それじゃあ」



だんっと勢いつけて座っていた椅子から立ち上がった。先輩はきっとびっくりしているだろう。でも私は先輩の顔も見ずに早口で自分の言いたいことだけまくし立ててぺこっと最後、アホみたいにお辞儀をしてからカバンを持って教室を飛び出した。顔がみれない。みたくない。見て欲しくない。こんなみっともない姿晒して。おかしい。

背中に「有花ちゃん…?!」なんていう先輩の焦ったような声が聞こえてきたけど「こないで!」と敬語も忘れて自分らしくない大きな声で叫んだ。


その日初めて学校で泣いた。走りながら泣いた。



△ ▲ △



あれから2週間。先輩は当たり前だけどこなかった。私にはその2週間が途方もなく長く感じたけど、きっと向こうからしたらつまらない1ヶ月が終わって当たり前の生活が戻ってきただけなんだろう。そしてもう2週間前が戻ってくることはないだろう。

先輩と私のお互いの重要さのレベルを見せつけられてる気がして悲しくなった。それでももう涙は出てこなかった。

教室の隅に追いやられていた本を引き寄せて開く。埃を被っていてページをめくるたびなんとも言えない匂いが鼻につく。私のため息をたくさんかぶった本だ。

星空の写真のページを見つけてあけると指で一番綺麗な星をなぞった。

(綺麗だなぁ)

やっぱり綺麗だ。なんでこんなに綺麗に光るのだろうか。綺麗で綺麗で。

「ちょっと!」

「………はい?」

ドタドタと足音を立てながら教室に入ってきたのは先輩だった。2週間前からほとんど変わらない様子の先輩だ。当たり前か、私にとってはすごく長かったけれどたった二週間なんだから。

それにしたって。


「…なんですか。なんできたんですか。嫌味ですか。」

先輩の顔がまともに見れない。本の中の星空に視線を落として指でなぞり続けた。

不貞腐れたような声が震える。嫌な子だな私。なんなんだろう。返事はわかってるからいらないって言ったのに。…あれ、返事いらないって言ったっけ。あんまり覚えてないや。


「あのねぇ…わざわざ嫌味いいに戻ってくるの?」

「先輩なら。」

「相変わらずひどいなぁ…違うって。意味わかる?」

「わかりません。」

「…はぁ、本当。なんでよ?」

「何がですか」

「あーもう、だから!」

「だから?」



なんでわからないのッ!と叫ぶとツカツカとこちらに歩み寄ってきた。びくっと肩が揺れた。みっともない。


「顔上げて。俺の顔、ちゃんとみて。」


いつもの阿呆らしい声じゃなくて真面目な声で。なんだか逆らっちゃダメな声な気がして。ゆっくりもじもじしながら顔を上げると初めて見る少し真剣な顔の先輩がいた。椅子に座っている私は立っている先輩を見上げる形になって。


「有花。」

「…っ」


なんでだろう。名前を呼ばれただけなのに。必要な時ならば誰でも呼ぶのに。それなのに先輩に呼ばれるだけでいつもと違う感じがして心臓が高鳴ってもう爆発しそうになるのはなんでだろう。


「俺が、何しに来たのか。わからないの?」


ふるふると首をふった。わからない。わかりたくない。この間の返事をしにきた、ってことはわかってる。でも、どうせ絶対「ごめんね」だ。それ以外があるはずがない。そんな答えを聞いたら先輩の前で泣いてしまう。そんなこと、わからないことにするしかない。

もう2週間だ。この事は、事項にしてください。

自分勝手だとは思うけれど、そうやって逃げることしかできないでいるのだ。今の自分は。告わなければよかった。なんて、今更思っても遅いのに。


「…あのね、返事をしに来たんだよ。」


いつの間にか私の目の高さに合わせてしゃがんだ先輩はまるで小さい子に言い聞かせるみたいに私に言葉をかけてくれる。


ああ、もう、聞きたくない。わかってるから。わかってるから。


「本当に、俺のこと、好き?」


確認をされたのはどうしてだろうか。私の態度が悪かったのだろうか。ああ、もう、いいや。


「はい。」


掠れた声で短い意思表示をすると「そっか」と柔らかく微笑んだ。


「うん。俺も。好き。」

「は?」

一瞬、耳を疑った。「すき」?好きって言ったの?like?love?え?何を言ってるんだろうか。

「なんで疑った顔をするの?」

少し笑っていつもの顔に戻ったなんて失礼極まりないことを言う。いつも疑った顔をしていたのか。私は。それにしたっておかしい。そんなことがあるはずがない。だって私なんて。


「like、だから、気持ちには答えられないって事、っですか」

「なんでそうなるのさ。」

「だって…!」


私は地味だし、可愛くないし、暗いし、友達いないし。ぶつぶつとそれでも止まらない後ろ向き発言が口から止まることなく出てくる。それを先輩は全部聞いた後にはぁーとため息をついた。なんですか、それバカにしてるんですか。


「でも、有花ちゃんが好き、好きだよ。」

「…。」

ああ、もう泣いてしまう。ぐっと堪えて先輩のことを伺った。本気なのか。この人はこの根暗で何考えてるのかわからないぼっち女が好きなのか。そんなことをいうのか。


「だから。俺と付き合ってください」


「…っ」

「返事、くれないの?」


顔を見られるのが嫌でがばっと勢いよく立ち上がった。つられて先輩も立ち上がってくれる。そのままの勢いで立ち上がった先輩に思いっきり抱きついた。


「…なんで、そんな卑怯な言い方するんですか。私が嫌なんて言うはずないじゃないですか。」


ずるいです。と言った呟きは先輩の口によって地面に落ちた。柔らかい感触と温かさが唇に伝わる。そのまま溶けてしまいそうなようなキスだった。まあそもそもキスなんて始めてだからよくわからないけれど。ちゅっというリップ音がして離れていく唇が言葉を繋いで私に問いかける。


「抱きつくとか、有花ちゃんのほうが卑怯じゃない?ちゃんと答えは言葉で言ってくれないとわかんない。」

「……はい。」



なんでキスするの、とか、そういう言い方する先輩の方がもっと卑怯だ。とか、抱きついたのは顔を見ららるのが嫌だったからとか、そういう言いたいことはたくさんあったけど。


「私も…っす、き…です………っ」


きゅっと抱きつく手に力を込めてありったけの勇気で伝えた言葉は。



「うん。俺も。」



先輩の2度目のキスと腕の中に消えた。

fin
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