謙也が風邪を引いて休んだ。
あの謙也が風邪をひいた。
その事実にクラスは一時騒然とし、ただの風邪にもかかわらず千羽鶴を折ろうということにまでなった。

まあそれは置いておくけど。

謙也がいない帰り道は2回目だ。白石が部活から帰ってきたのに2人で「謙也遅いね」なんて言ってしばらく呆けていたのは明日の笑い話にする。


「謙也大丈夫かな」
「死にはせんやろ」
「白石ってたまに冷たいよね」


白石は肩を揺らして笑った。否定はしないのか。
なんとなく白石の横顔を眺めていると、白石が気づいて不思議そうにした。


「なん?照れるわ」
「いや、別に何もないから照れないで」
「そか」


わりと真顔で白石は頷いて、私を凝視する。何かおかしいのかな。


「何?照れる」


白石の真似をしてそう言うと、急に白石の手がのびてきた。
反射的に身を引いたけど、構うことなくその手は私の頬に触れる。本当に恥ずかしくなってきた。殴っていいですか。


「な、何!」
「寝跡ついてるで」
「え」


白石の手を払って鏡を見ると、確かにセーターの縫い目状に頬を線が走っている。


「あーあ、はずかし」
「まあまあ」
「寝てましたってかんじだよね」
「実際爆睡やったしな」
「うん」
「赤くなってる、痛ない?」


白石が覗き込んできて、心臓が跳ねた。顔に熱が集まったような気がして思わず顔を背ける。
「大丈夫?」という白石の声がしても白石を見れなかった。
あれ、おかしいな。
白石も黙ってしまって、そのまま分かれ道まで歩いてきてしまった。なんかどうしよう。
立ち止まっていると白石が、案外変わりない声で「なあ」と呟いた。


「ん?」
「送ってこか」


白石がそんなことを言うのは初めてで戸惑ったけど、そのなんだか優しい笑顔を見たまま私は無意識に頷いていた。
そして少し歩いてから、唐突に思い出した。


「白石」
「んー?」
「そういえば、こないだ何言おうとしてたの?」
「こないだ?」
「謙也がラケット忘れた日」
「…ああ」


そう言って白石は私から視線を外して何か考えているような顔をし、それから困ったように笑った。


「忘れた」
「え、何それ気になる」
「俺も気になるわ」
「そう言う人ほど覚えてるよね」
「ほんまに忘れた」
「えー」
「忘れたもんは忘れた」


また文句を言おうとすると、口を開く前に白石の左腕が私の頭に降下した。


「痛い!」
「しつこいからやで」
「はあ?」
「なんや」
「べつに」


それからしばらく歩き私の家の前まで来たとき、不意に白石は立ち止まった。いや、家があるから止まるんだけど。
それにしては不自然な位置だった。
どうしたのかと振り返ると、白石は突っ立ったまま口を開いた。


「思い出した」
「は?」
「こないだの話」
「忘れてなかったでしょ」
「おん」


何?と先を促すと、白石は「あんな、」とか「その、」とか繰り返して、それから言った。


「好きや」


白石は真剣そのものというかちょっと顔赤いかもっていうかなんか色々と頭をぐるぐる回って、なんていうか卒倒するかと思った。




101116




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