白石が教室から出てから、廊下で何か話す声がして、そうしたら謙也が走ってきた。
ちょうど出ようとしてドアの前に立っていた私は、驚いて思わず謙也を叩く。



「痛っ、反応おかしいやろ!」
「びっくりさせないでよ!何しにきたの!」
「お前こそ何しとるんや!」
「な、何もしてない!」
「嘘やー嘘つきやー。俺知ってんで、白石と話しとったやんか」
「聞いてたのかよ!」
「仲直りーいうて、ガキか!」
「私言ってないから!」



もう一度背中を叩くと、バシンと予想外にいい音がした。
謙也は呻きながら私を恨めしそうに見て、それから側にあった椅子に座りテニスシューズを脱ぎ始める。



「あれ、部活終わり?」
「ん、そやけど」
「白石はまた行ったけど」
「部誌書くんとちゃうか」
「ああ。何、先帰るの?」
「俺用事あんねん」
「へー」
「デートや」
「へー。ガンバッテ」
「信じないんか。…嘘やけど」



嘘かよ。
つっこむと「うるさい」と背中を叩かれた。痛くはないけどいい音がする。暴力反対。
椅子の脚を蹴っていると、いつの間にか仕度を終えた謙也は立ち上がった。



「名前」
「なんだよ」
「白石になんか言ったんか」
「は?」
「あ、いや、なんかな…。さっき白石の反応薄かったから」



さっきの話し声は白石と謙也だったらしい。
色々話はしたけど、へこませるようなことを言った記憶はない。多分。



「何も言ってない」
「……何も?」
「いや、喋ってないとかじゃないけど…」



すると謙也はなぜか口をつぐんで押し黙った。
叱るみたいな目で私を見るから、悪いことをした気になる。なにかしただろうか。



「あかんで、名前」
「何が」
「何も言うてないって、白石に返事もしてないんやろ」
「ん……」



意外と鋭い謙也だった。
私が口ごもると、謙也は「あかん」と繰り返す。



「……何も言ってないわけじゃないし」
「屁理屈やで。もしかして、俺含めた3人でどうのとか言うたか?」
「聞いてたんでしょ」
「それは聞いてへんけど、お前が言いそうなことくらい分かるわ」
「う……」
「曖昧にしたいだけやんか。そんなんでええわけない」



謙也は本当に私を叱っているようだった。手を腰にあてて私を見ている。
お母さんか。



「名前、ちゃんとせえよ」
「……だってさ」
「なんや」
「だって、3人でいれなくなるの嫌だもん」



俯くと、思ったよりも小さな声が出た。
謙也がため息をついた。きっと困った顔をしてるのだと思う。



「あんなあ…、んな訳ないやろ。白石と名前がどうなろうが俺は俺やし、多分白石だって変わらへんで。俺達はな、お前とおるんが楽しくてしゃーないねん」
「…ん、」
「だから、なあ。自分の思ったようにしてええんやで」
「ん」
「……な?」



大きな掌が頭にふわりと乗せられて、なんだか泣きそうになった。
謙也の言葉はいつだって優しくて温かい。



「白石のこと、好きなんやろ」
「……ん」
「大好きなんやろ」
「うん」
「俺はそんなん前から知っとんねんで」
「う、ん」
「名前」
「んん」
「行ってきいや」



謙也に髪の毛をぐしゃぐしゃと掻き回されて、堪え切れなくなった涙が床に落ちる。
私が私じゃなかったら、謙也を好きになってたかもしれないな。
そんなよく分からないことを考えながら「泣くなや」と言う謙也に返事をして、ぽたぽたと落ち続ける涙を見ていた。



「名前」
「う、」



謙也は頭から手を離して、学ランの袖で私の目元をごしごしと拭く。
それでも涙は止まらなかったけど、私は顔を上げて謙也を見た。



「…ありがとう」
「おん」
「謙也、」



謙也のことも大好きだよ。
そう言ったら、知ってる、と謙也ははにかんで笑った。



「がんばれ」



うん。
ちゃんと、伝えに行くよ。




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