白石は何を言うでもなくただそこに立っていた。 私はといえば、気まずさや驚きや緊張でかなり挙動不審になっていて、思考の働かない頭で近くにあった椅子を引いた。 「ど、どうぞ」 立ち話もなんなので、みたいなテンションで言った私に白石は驚きとも呆れともつかない微妙な表情をした。 私は椅子に手をかけたまま固まる。 しばらくの沈黙の後、白石はゆっくり歩いてきてその椅子に座った。 白石の肩が触れそうになって慌てて手を引っ込める。 「……何してるん?」 「え、いや、忘れ物」 「ふーん、そか」 「白石は?どうしたの?」 言いながら、案外普通に会話をしていることに気づいた。本当はそこまで怒るようなことでもなくて、白石も私も謝るタイミングを見つけられなかっただけなのかもしれない。 白石は床を見ていた視線を私に向けた。怒ってるわけでもない、前までと同じ優しくて綺麗な目だ。その色素の薄い瞳に私が写っている。 私はなんとなく安心した。 白石が私を見たままで言う。 「ここに、名前が見えたから」 息が詰まって心臓が絞られるような感覚がした。 何も言わない私を見て、白石は困ったように眉を寄せた。 目を泳がせてその細い髪に指を絡める。女の子みたいだと思った。 「ええと。そんで、見えたから…」 らしくもなく、もごもごと継ぎ足される言葉。何が言いたいのかはなんとなく分かった。 「その、ごめん」 何が、とは言わなかった。 代わりに私も謝る。 「うん、私もごめん」 白石は困った顔のまま笑った。 笑ったけど、すぐに目を伏せてまた口を開いた。 「あんな、」 「うん?」 「俺のこと、嫌いにならんといて」 なんて女々しいことを言うんだろう。 思ったけど言わなかった。 だって、私も同じことを思ってた。 あんなことを言ったって結局はそうなのだ。 「ならないよ」 「そか」 「白石も謙也も好きだもん、3人で仲良くするのがいいよ」 「…おん」 「私さ、多分ね、自分がなんにもしないからだったんだよ。自分に都合よく考えてたの、そういうの得意なんだよ、私」 つきはぎで、要点を得ないような私の言葉を白石は真面目に聞いていた。 そしていつもみたいに笑う。 「そんなもんやろ」 適当に聞こえる言葉だけど、それで私はほっとした。 私が感じていた薄っぺらい壁は本当に薄っぺらかったみたいだ。触れることをしなかっただけで。こんなにも簡単に消えてしまった。 「白石が頑張ってるのは知ってるよ、見てたから」 なんでこんな事を言ったのかは分からないけど、白石は「そっか」と言って優しく笑った。 「…あ、部活戻らな」 「部長がサボってちゃ駄目だよね」 「サボりやない、仲直りや」 わけわかんない、と笑う私の頭に立ち上がった白石の掌が乗った。 「笑ってるのがええよ」 白石が教室から出ていくのを私は笑って見送った。 110104 |