言い寄ってくる奴はきっぱり断ればいい。それでも駄目なら平手打ちをかます。大体の奴ならそれで諦める。それで良かった。
だけどそれでも駄目な奴はどうすればいいのか。
今目の前にいる男がそうだ。


「……ほぉ。俺にビンタかますとは、お前さん中々やるのお」


仁王君は私が叩いた頬を触りもせずに言った。
本気でやったんだから痛くないはずないのに、そんなのはちっとも表情に出さない。それどころかニヤリと口端を上げて楽しそうだ。


「気が強いのは好きじゃ」

「私は仁王君のこと好きじゃない」


ピシャリと言い放てば仁王は喉を鳴らしてまた笑う。


「ますます欲しいぜよ」

「……」


もうめんどくさい。無視しよう。
何も言わずに通り過ぎようとしたら、腕を掴まれた。思いのほか強いその力に立ち止まってしまう。
何、と口を開こうと顔を上げたとき、仁王君の射るような瞳と目が合った。笑ってなんかいなくて怖いくらい真剣で、私は目を逸らす。
その瞬間、腕を強く引かれて私の体は仁王君の方を向いた。


「名前、俺のもんにならんか」


言いながら仁王君は私を壁まで追い詰める。
背中が冷たい壁に当たった。
仁王君は鼻先が触れるギリギリまで顔を寄せて「好きじゃ」と囁く。
さらに縮まっていく距離を、私は止めなかった。
ふにゃ、と柔らかい唇が触れて離れる。
仁王君はまた笑っていた。


「落ちた?」


私は勢い任せに仁王君を押しのけてそこから逃げた。
仁王君のあの笑い声が聞こえるのが恨めしい。
熱い顔を腕で覆いながら走る。

よく分かった。言っても叩いても駄目なら、惚れるしか、ない。



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