仁王雅治は、個性的だ。
はっきり言ってしまえば変人だった。
髪の色も髪型も口癖も行動も、何もかもがほかとは変わっていた。


そんな仁王は、今日も屋上の扉を開けた私をぶったまげさせた。
緑のフェンスに腰掛けて足を投げ出していたのだ。
建て付けが危ういそれは仁王が足をパタパタ動かすたびに軋んでいる。



「仁王、死ぬよ」



焦って駆け寄ると仁王が振り向く。
黄緑色の管をくわえていた。
先からは虹色の球体がぷくっと出ている。
……シャボン玉?



「名前もやるか?」



と、仁王は管を差し出すけど、体をひねるもんだから落ちるんじゃないかと気が気でない。
とりあえず受け取って仁王を降ろした。



「ええ眺めじゃった」

「危ないでしょ、バカなの?」

「ほい」



聞いているのかいないのか、多分全然聞いてないんだろう仁王はピンクの小さなケースを目の前に出した。
少し迷ってから管をその中にひたす。息を吹き込むと小さなシャボン玉が空中に舞った。

管を返すと、受け取った仁王はニヤニヤしていた。



「何?」

「間接チュー」



へらっと言った仁王を睨むと、けらけら声をあげて笑った。
笑い事じゃない。
私が今どんなに動揺してるかなんて仁王には分かるはずもないのだ。

ひとしきり笑った仁王はシャボン玉をポケットにしまい込んだ。



「のう名前、奇跡を起こしてみんか」

「は?」

「ずっと割れないシャボン玉とか、味がなくならないガムとか、枯れない花とか」

「…無理でしょ」

「そうかの」

「うん」

「まあ今言ったことは無理じゃろうなー」



そう言って手を組み伸びをした仁王は、その腕をだらりと下ろした。
フェンスの向こうを眺める仁王が何を考えてるのかは分からない。
綺麗だなこんちくしょーと思った。



「…けどな、名前。叶う奇跡もあるんじゃ」

「ふうん」

「聞きたい?」

「別にー」

「聞きたい?なあ聞きたい?」

「はいはいはい聞きたい聞きたい」



聞いてほしいらしいので首を縦に振る。仁王は満足げに笑って私の真ん前まで歩いてきた。
不思議に思って見上げると、突然額に唇を押し付けられた。



「好きじゃ」

「は…、え?」

「好き」

「わ、わけわかんないんだけど!今そんな話してたんじゃ…」



パニック状態でまくし立てると、その途中で仁王は人差し指ゆびを立てて私の唇を押さえた。
長い指が唇から離れていくのを見ていると、顔を覗き込まれてまた顔が熱くなる。



「俺は名前が好き。名前は?」



もしかしたら仁王は全部わかってたのかもしれない。
私は少しやけになって仁王を押しのけた。



「好きだよ!」



仁王は嬉しそうに笑って、そして言う。



「奇跡、起きたじゃろ?」



そういうことか、
私は納得しながら仁王に駆け寄った。



110621





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