俺がやっと退院して全国大会が終わって、ああようやく名前とゆっくりできる、と思った矢先に彼女は入院した。 立場は逆に、俺達は病院へとんぼ返りすることになってしまった。 「いつもごめんね、精市くん」 「名前だって毎日来てくれただろ」 「そうだけど、でも、ごめんね」 名前が申し訳なさそうな顔をするから、胸が締め付けられる。 俺はそんな顔をさせたくて来てるわけじゃないんだ。俺は名前が来てくれて嬉しかったよ。だからそんな顔しないでよ。 「ねぇ精市くん」 「何?」 「私、またあのケーキ屋さんに行きたいなあ」 名前は幸せそうに顔を綻ばせて言った。いつか行ったのを思い出したんだろう。 食事を制限されて大好きな甘い物を食べれない名前は、きっとつらい。 今ケーキを買ってきて差し出したらものすごく喜ぶんだろうな、と思った。 「…そうだね」 「早く退院しなきゃなぁ」 「うん」 「そうしたら、また一緒に行こうね」 名前は嬉しそうに笑って、約束、と言った。俺は曖昧に微笑む。 だって、知ってるんだ。名前が退院する日が来るのかなんて分からないこと。その日が来ない可能性の方がうんと高いこと。 それなのに、約束なんてできるはずがない。 聞いたあの日から、俺は毎日カミサマを恨んだ。 「……精市くん?」 何も知らない名前が、俺に手を伸ばして頬に触れる。温かい。 俺の目元を優しくなぞって離れた名前の指先は濡れていた。あれ、どうして、 「泣いてるの、精市くん」 夕日を反射してきらきらと光るそれは涙だった。それもすぐにきらきら歪んで見えなくなって、たまらずに目を閉じた。 馬鹿じゃないのか俺。何で泣いてるんだ。名前が心配してるから、だから泣き止めよ、早く。 意志とは裏腹に涙は止まらなくて、わけもわからず俺は名前を抱きしめた。名前は驚いたようだけど、細い腕を俺の背に回してくれる。 それが愛しくて、悲しくて、声を押し殺して泣いた。 「精市くん、精市くんどうしたの」 「なんでもないんだ」 「ねえ、泣かないで」 「ちょっと待っててね、大丈夫だから」 しばらくして俺はようやく涙を押し込めた。名前の頬にキスをして離れると、名前はまだ心配そうにこちらを見ていた。 「大丈夫?」 「うん、ごめん」 精一杯笑うと、名前も控え目に笑う。聞いてほしくないことは聞いてこないのが名前だった。 「好きだよ」と言うと、名前は頬を染めて目を丸くした。だけど次には嬉しそうにはにかむ。 名前は俺の手をとった。 「私も好き」 「うん」 「好き、ほんとに、だーいすき」 「うん、うん」 「好きなの」 俺の手を握る名前の手を包み込む。白くて細いけど、とても温かかった。 名前は温かい。手も、頬も唇も、こんなに温かいんだ。カミサマはきっとこんなの知らない。 名前がいなくなったって、名前がいた事実は変わらない。悲しくはなるだろうけど、それで気づけることもあると思う。 やってみろよ、俺は負けないから。 カミサマなんかに名前は奪えない。 俺はもう一度名前を抱きしめて、ケーキを食べに行く約束をした。 110323 |