物心つくかつかないかに蒸発した両親が残していった借金という名の首輪は、きりきりりと息をつく暇もないほどに幼い首を締め上げた。せいぜいふたつと数ヶ月しか違わない歳の兄は、ある程度の年齢になったら朝昼晩を働きどおして生活費から学費までの全てを稼ぎはじめたが、取り立ては無情で微々たる収入も根こそぎ奪っていく。しまいには学校に通えるのも危うくなり生活は苦しくなる一方で、理不尽な利息に金額はかさむばかりで。兄が借金を借金で返すようになるのも仕方ないことだった。しかし更に借金は膨れ上がって、段々とやつれる兄を見てられなくなったおれが思いついた楽に多額の金を稼ぐ方法。

「君、おじさんとどうだい…?」
「おれ、結構高いよ?」

ラフな格好で夜の繁華街の路上に一人手持ち無沙汰に立っていれば、同じような顔をした親父や根暗そうな男達が自然と声をかけてくる。女の人に欲を発散できないでいる、かわいそうな大人達だ。金で買われても身体を売るわけじゃない。手コキで1万、フェラで2万。おれがイくのを見たいなんて言う奴もいるから、一緒に扱いてやるなら4万貰う。それ以上を望む奴は丁重にお断りで、無理にしようとしたら股間を蹴り上げてやる。それでも一晩で数十万稼げるから、世の中案外とチープにできてるとつくづく思った。

「ん…ふっ、気持ちイイ?」
「ああ、ああ…っ、最高だよ!」

上目使いでしなを作った声で聞いてやれば、弱小ないちもつをぶるぶる震わせて親父はおれの口に精液をぶちまけた。気持ち悪い。けれどもこれからお得意サンになるかもしらないから、ちょっとしたサービスで吸い上げて飲んでやる。路地裏でことを運んだせいか、親父はせかせかズボンを上げて財布を取り出した。

「はい、これでいいかな?」
「アリガトおじさん、またよろしくね?」

差し出された2万。ポケットにねじ込みばかみたいに甘い声で受け取れば、嬉しそうに笑ってもう1万くれた。チップは結構貰えるし、その後お得意サンになる可能性が高い。おれは脂ぎった頬にキスして、もう一度言い慣れたお礼を唱えて手を振った。

「あ゛ー…のどイガイガする、気持ち悪ィ」

親父が人混みに消えた瞬間、笑顔を剥がして自販機へ走る。水を買ってうがいをして、口の中を念入りにすすぐ。精液なんて苦くて臭いだけで美味しくない。これで甘かったりしたらおれの食費も浮くのに、と考えていたら肩を掴まれた。
「っ、おっさん誰?」
「初対面の人間におっさんはねえだろうよい」
「…何か用?おれ、高いよ?」

バナナみたいな髪型で変な語尾の男が全く読めない表情でいるから、おれは威嚇の意味もこめてそう言った。でも、男は眠たそうな目で見てくるだけ。一体何なんだろう。客じゃないなら時間が勿体ない。邪魔だと睨んだら男はふうとため息を吐いた。

「毎日あんなことしてんのかい?」
「そうだけど、何?」
「援交なんざ犯罪だ…それに病気になるよい」

意外にも真面目な言葉に笑いが零れる。援助交際なんて聞こえが悪い。おれはかわいそうな大人達の欲望を吸収してやって、かわいそうな大人達はおれに金を払って欲望を解消しているだけ。世の中ギブアンドテイクでしょ? 十何年と生きてきた中で一番の笑顔を乗っけてそう言えば、男は同意を示すように頷いた。なんだ、物分かりいいじゃん。そう思った次には冷たい壁に押しつけられていた。

「っつ〜…何すんだ、よ!」
「ナニ、するんだよい」
「はあ!?ちょ、身体は売ってないの、おれ!」
「いずれは売るんだろい?」
「それは…っ」

ぐっと言葉に詰まれば、男が「じゃあ、おれが働いてるとこにこいよい」と耳元で囁いた。このまま嫌だと首を振れば、きっとヴァージンとはおさらばだ。観念してうなだれるように頷けば、男は初めて笑ってみせた。にやりと少し男臭さが混ざった、危険な笑みだった。


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「んっ、ひ…ああっぅ!」
「敏感なんだねい」

柔らかなベッドの上で、おれはあられもない格好をして喘いでいた。一時間くらい前、マルコと名乗った男はばかデカいビルにおれを案内して働けと言った意味を教えてくれた。援助交際よりもローリスクで、けれどもハイリターンで稼げる方法。それは男が男にヤられるビデオ(つまりAV)を撮影して売るというものだった。今よりも多くの人に顔を知られて、しかもヤってる最中を撮られて半永久保存なんて冗談じゃないと叫んだおれに、悪魔のようなマルコとその悪魔を雇う社長が達弁に語る。観賞する人間は全て会員制で、安全面に考慮していることや金の振り込まれるシステム、自分の相手になる奴のプロフィール公開などなど…。聞けば聞くほどいい条件に、ふりこの原理でおれの心は揺れる。それを見透かしたような目でマルコは最後の一押しに囁いた。

『初モノは高く売れるんだよい』




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