秋の匂いがする。

焼き尽くされそうな太陽の下で力強く生い茂っていた草木は勢いをなくし、高湿の中で噎せるほど立ち籠めていたその青さも今はエキゾチックなスパイスのように香ばしく、乾いた風に変わって髪をかき混ぜる。
放課後の屋上。
とっとと家に帰っても良かったんだが、何となく空を見たくていつもタバコを吸いに来るここへ来たら珍しい先客がフェンスの前に立っていた。
最後の一段をのぼり終えるのを躊躇していると、こちらに気付かれた。

 あ、サンジ。

少年はまだ夏の装いで、秋の風に吹かれていた。

 半袖さみい。

首をすくめて、ルフィがフェンスの手摺りについた両肘をさする。

 合服くらい着てこいよ。

仕方なしに自分のカーディガンを投げて頭に被せた。

 お、わりいなー、おえっ…タバコくせ。

袖を通しながら肩口に鼻を付けると、舌を出して顔を顰める。

 文句言うんなら返しやがれ。

頭を小突くと、いたずらっ子のように歯を見せて笑った。

 はぁ‥。

吐き出したけむりは途端、風に消える。

 ビビは?
 ん?
 一緒じゃねえの?
 あー‥、ナミさんと帰ったよ。本日お嬢様方はケーキバイキングへ向かわれました。

執事風の口調に、ルフィはしししと笑う。

 お前こそ、マリモは?
 え?
 一緒じゃねえの?
 うん。ゾロ呼び出しだ。

金網を両手で掴んでルフィは腰を下ろした。校庭をじっと見ている。ここにいたのは、どうやらゾロが終わるを待っているかららしい。

 ‥‥ふーん‥。

オレも隣に、フェンスを背にして腰を下ろした。

ルフィがマリモと付き合ったと聞いたのは一週間前だった。いまさら、幼なじみでしかも男同士で何考えてやがんだこいつら気持ちワリイ、と内心毒突いたのはオレが、ルフィを好きだったからに他ならなかった。
そんなオレは夏のはじめにビビちゃんと付き合いはじめていた。可愛くていい子で、オレのことが好きだから‥‥。可能性のない恋をする気はねえし、って、不毛か?
一体どっちが。
しかし、マリモ‥?
オレに可能性は無かったのだろうか、本当に‥。
うらやましいやら、うらめしいやら‥。


 なぁ‥。
 ん?
 もうした?
 んん?
 マリモと
 何を?
 キスとか。
 え?‥‥してねえけど。
 ふーん…しねえの?
 ‥‥わかんねえ。サンジは?
 え?
 ビビと‥?
 ‥ぇ、‥ した よ 。
 ‥‥何でしたんだ?
 そ、そういう空気になったからだよ。
 くうき?キスって空気ですんのか?
 そりゃあ‥今してあげなきゃ可哀相かな、みてえなときあんだろ。
 何だそりゃ。あんのかそんなん?
 あー…まあ ‥。
 じゃあサンジ、ビビが可哀相でしたのか?
 ああ?
 だってそういうことだろ?
 ちげえよ、ちゃんと‥
 ちゃんと‥?
 ‥‥したくてしたさ…。
 ‥‥‥‥。
 …何?
 べっつに‥。
 ‥‥‥。

いつもまっすぐに人を見ているルフィの視線が向こう側へ外れた。
沈黙した風の中でカサカサと音を立てるのは、薄っぺらな期待か、吹き飛ばされそうなオレの理性か。
短くなったタバコを地面に擦り付け、柵に掴まる腕の間からルフィの頬に手を伸ばすと、なんだ、と都合良くこちらに顔が向けられた。

 ん。

反射的に肩をすくめて目をギュッとつぶる。この皮膚と粘膜の、あいまいで、なのにどこよりも敏感で、どこよりもやわらかで、ひどく記憶に残るさかいめ。
お互い不思議なくらいじっと、息を止めて。
なめらかに震える感触に満足して離すと、うっすら片目を開けかけたルフィを抱きすくめる。
冷たくなっていた耳元でそっと、

 なあルフィ‥どっか行かねえ?ふたりで‥
 …なんで?
 デートしよう。
 なんで?
 …なんでばっか言うなよ。
 なんで?
 ‥‥‥。

ただ感覚的な衝動に理由なんてあるわけもなく、言うなれば、恋は思案の外、儚い期待に乗っかったってなもんで‥。言葉に詰まって‥、タバコがなくて余計に所在無い。代わりに少し唇を噛んだ。

 なー、サンジ。
 ん?
 おれ、可哀相だったのか?
 何が?
 キス。
 え?
 そういうくうき‥?
 あ、いいや、
 じゃあなんで?
 だからなんでって言うな。
 でもなんで?
 お前なぁ ‥、
 ‥‥


 好きだから したんだよ。

瞬間、声を掻き消しそうな一陣がビュンと通りすぎて、掲揚塔の旗がやかましくはためいた。同じくしてルフィの体が慌ただしく離れ、目は真ん丸になって、

 これっ!返すな!

カーディガンから腕を抜きオレに突き返すと、そのまま飛ばされるように非常階段を駆け下りて行った。かおが、赤かった、気がする。
な んて、だから、今さらどうだっつうんだよ‥。
腕の中に収まっていた熱が逃げ、代わりに襲ってきた肌寒さにひとつくしゃみをすると、戻されたカーディガンを羽織った。
外側から伝わるルフィの体温が温かくて、内側はまして冷え冷えとしてくる。
舌打ちして、思い出したように空を見上げると、残された影の長い屋上の床に遠く聞こえるユーフォニウムのカデンツァが染み込んでいった。





畫茶さんより「ダメダメヘタレサンジが思い切ってルフィをデートに誘う」お話を頂きました!私の趣味全開リクエストがこんな素晴らしい素敵なお話に…!さすが畫茶さんです!本当に尊敬します!何度も畫茶さんには申し上げているのですが、畫茶さんの風景や心情の描写がとても丁寧で上品で美しくて、何度も何度も読み返しては見惚れています。見事に腰の引けたサンジが私のどツボでありました。萌えツボをぐりぐりと刺激されました。この度は本当にありがとうございました!一生の宝として拝めさせて頂きます!

梅子より


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