春の麗らかな陽射しに眠気を誘われながらも、エースは全然眠れそうになかった。ぴくぴくと耳を動かし尻尾を揺らす。身体の芯が甘く痺れるような、篭るような熱さは病気にも似て。それは動物に平等で訪れる、所謂発情期と言うものだった。

「はァ……、だる」

熱っぽいため息を吐いて、窓の外をぼんやり見つめた。毎年この時期は一人きりで部屋に閉じこもる。何も出来ずに仕方なくごろごろと冷たいフローリングに寝そべりなるだけ身体の熱を外に逃がしていると、コンコンと控えめなノックの音が耳に届いた。そこで、ルフィはノックなんてしないから…なんて油断してドアを開けたのがいけなかった。

「ル、ルフィ…?」
「えーす…たすけてっ」
「ちょ、どうしたんだ!?」

ぐすりと鼻を鳴らして半ベソをかいたルフィが、どこか甘みを含めた声で腰に抱き着いてきた。慌てて自分から剥がそうとして、エースは異変に気付く。いつにも増して舌足らずな喋り方、潤んだ目に上気した頬。いつも天真爛漫にぴんと張った耳や尻尾は垂れ下がっていて、もじもじと両手で服の端を握りしめている。よくよく見れば衣服がほんの少し乱れているような…?そこまで考えて最悪の事態が頭の中を駆け巡った。今は発情期の季節。いろんな動物が欲を吐き出すためにうろついていて非常に危険だ。つまりそれって……真っ白になる思考をかろうじてつなぎ止めながら、小さな身体を優しく抱きしめる。そして自分から離して、出来る限り荒々しい言葉にならないように話しかけた。

「なあ、何があったんだ…?兄ちゃんに教えてくれよ」
「ぐすっ…あのな、あのなっ」
「おう」
「ここが、あちィの…」

ぽろり。頬に一筋の涙が伝う。はくはくと荒い息で自分のジーンズをぎゅうっと握るルフィは、はっとするほど色っぽい。不安げに助けてと譫言のように呟いて、自分の胸板に鼻を押し付けてくる弟にくらありと目眩がした。そしてある可能性が銃弾のように脳裏に過ぎった。いやでも、まさかそんな。首を振りつつルフィの頭を撫でる。

「そこ、いつから熱くなったんだ」
「わかんね…!おきたら、じんじんしてっ」
「あー…うん、それはなルフィ…発情期だ」

はつじょーき?きょとんとした顔でエースを見上げ首を傾げる。さっきまでの不安そうな表情とは違って、急に抱き上げられた子供のような表情だ。二、三回ぱちくり瞬いてもう一度「はつじょーき…」と確認するようにルフィは呟く。
瞬きをした衝撃で目の縁に溜まっていた涙がゆっくり零れ落ちた。そして更なる追い打ちをかける。

「はつじょーきって、なに?」
「えー…と」

直球に尋ねられた疑問はとても答えに迷う。どうごまかそうか考えて、だけども思い付かずに自分を見上げるルフィを見る。真っ直ぐに澄んだ黒い瞳には、欲の混じった己の顔が微かに映っていた。この美しい純粋さが永遠に損なわれなければいいと思う手前、情欲にまみれる姿を見たいとも思う。矛盾した心に苦笑いを一つ浮かべて、ルフィを、何より自分自身を試すためにエースは疑問に対する答えを囁いた。

「発情期ってのはな、簡単に言やエロ〜くなる季節のことだよ」
「え…っ」
「ついでに言うなら、兄ちゃんも発情期なんだわ」
「えーす、も…?」

流石に意味はわかったらしく、今までで一番顔を赤く染めて戸惑い気味に言葉を紡ぐルフィに、先程よりも大きな目眩が再び訪れる。黙って頷いてやれば、目線を左右にうろつかせて「えーすも、あちィ…?」と小さな声で言った。それには答えずにいると、ルフィはううっと唸ってエースにもう一度抱き着いた。さっきより断然強い力だ。自分の尻尾にルフィの尻尾が絡まる。驚いて見下ろせばうなじを真っ赤にして、耳をせわしなくぴるぴる動かしていた。この反応はもしかして…とエースは少し無理矢理に熱い身体を抱き上げた。

「ひゃ…っ」
「死ぬほど熱ィっつたらどうすんだ?」
「、しんじゃやだ…!」
「じゃあ、どうすりゃいい?」

困ったように口を開閉して、エースの額に顔を寄せて隠す。熱い呼吸が耳に吹きかかってくすぐったい。どうしたものかと思った瞬間、蚊の鳴く音量でルフィが耳元に声を送る。甘く掠れた調べで「たすけて、」と、ただ一言。ぷちんと脳に通る大切な一本の糸が切れる音がした。さよなら理性、なんて心の中で唱えてエースはドアを閉める。フローリングはあんまりだから絨毯までルフィを運んで、なるだけ優しく押し倒した。

「んっ、えーす…?」
「助けてやるよ、兄ちゃんが」

狂暴な本能のみで蠢くケモノを必死で押さえ付けながら耳を舐める。短く息を飲んだ咽喉が上下して、なんだか非道いことをしている気分になった。それでも沸き上がる衝動を抑止する働きは全くなくて、逆に増進させるばかりだ。目に入ったほんのり染まった首筋を舐める。くすぐったいのか気持ちがいいのか、ぎゅっと抱き着いてくるルフィが可愛い。




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