ルフィ達の住んでいるマンションは新しいだけに交通にも困らない快適な場所に建っているので家賃も相当なものだが、何せルームシェアなので一人当たり払う家賃は全体の四分一である。サンジは一流高級フランス料理店オーナーの一人息子であるために金には困っていないし(金をつぎこんで入った私立大学もここ最近はろくに行っていないらしい)、ゾロは朝から夕方まで一流IT企業の営業部で毎日働いているし、ウソップも親からの仕送りがある上週四でレンタルビデオ屋のバイトもしている。ルフィはというと
「父ちゃんから毎月お小遣いが口座に振り込まれてんだ」
ところがルフィはその「父ちゃん」の顔を見たこともなければ面と向かって話したこともないらしい。小さい頃に生き別れた父親だというが、何とも現実味がない。物心のついた時には両親はもう側にはおらず祖父に育てられたと聞いた。他人の私情に干渉しすぎるのもよくないと思い、他の三人はそれ以上ルフィに何も聞かなかった。
住んでいる部屋は2LDKで、一部屋を半分に仕切った部屋を二つ用意し四人の個人部屋としている。ルフィとゾロ、サンジとウソップが同じ部屋だ。(この割り振りに深い意味などないが強いていうなら成り行きだろう。)一人の部屋はとても狭く最早寝るためだけの部屋だった。それでも一応プライベートは守られている。
不動産屋の手違いで偶然四人の男が集まって生活してから、もう一年になる。当初はルームシェアらしく各自の役割も決まっていたが、今ではそんなこと誰もが忘れていた。家事全般は全てサンジがやってくれる。今でも継続されている役割といえばゾロの風呂掃除、それからルフィとウソップの食器片付けぐらいだ。

あっ、とルフィが声をあげた。
午後八時。ゾロは風呂でサンジは近くのコンビニで酒を買ってくるとかで家にいない。いつものようにウソップと談笑しながらリビングでテレビを見ていた。
「何だよ急に」
「明日から体育って水泳じゃなかったっけ」
ルフィは腰を上げ自室へ飛び込んだ。がさがさと辺りを掻き回す音が聞こえる。しばらくして水着を手に持って部屋から出てきた。
「よかったあ、海パンあった」
ウソップにほら、と紺色の水着を見せた。
「俺から言うことじゃねえけど部屋綺麗にしとけよ」
「ああ、後でな。それよりウソップは水泳の準備したのか?」
「心配無用。お前じゃねえからな」
ルフィはまたウソップの横に座り直した。水着入るかな、と言葉を紡ぐとルフィは徐にズボンを脱ぎ始めた。流石のウソップも慌ててルフィを手で制した。
「いっ、いきなり何してんだよっ」
「いや、水着着れるかなと思って」
「それをここで確認するなよ!せめて便所とかで」
そこまで言うとタイミング悪くゾロが風呂から上がりリビングに入ってきた。一瞬空気が凍りついたように三人一時停止した。ゾロは暫くルフィを凝視した後、何をしているんだとウソップに無言で訴えた。違うんだ、ルフィが勝手に脱ぎ出しただけなんだ。そう口を開こうとすると玄関が開閉される音が聞こえた。まずい。冷や汗が額に浮かぶ。サンジが帰ってきた。とにかくルフィにズボンを履かせよう、身体を動かす前に、サンジの声が響いた。
「こらてめえ入口で立ち止まってんなよっ」
ゾロがサンジにどかっと尻を蹴られる。ビニール袋を提げたサンジもリビングに入ってきた。そしてゾロと同じようにルフィの姿を見て、一時停止。彼の目が大きく見開かれた。
ルフィは今の状況が分かっていないのか口をぽかんと開けてきょろきょろ首を回していた。
最初に口を開いたのはサンジだった。
「ルフィ…何してんだ」
「え?」
ルフィは首を傾げた。上手く聞き取れなかったのか、それともこんな反応をされるとは思っていなかったのか。おそらくこの場合後者だ。
「いや、これはな、ルフィが」
「水着着ようとしてただけだよ」
ウソップの言葉を遮ってルフィが言った。ルフィにとってリビングでズボンを脱ぐなどという行為は何ら問題もないらしい。そう思っているのはルフィだけだが。
水着―…その単語がルフィの口から発せられた瞬間、ゾロとサンジの目の色が変わった。ウソップは嫌な予感がした。明らかに先程までの二人ではないのだ。雰囲気というか発せられるオーラというか。ゾロは獲物を狙う肉食獣のような目をしているし、対してサンジは下心剥き出しの厭らしい目をしている。
ウソップは「お前は部屋の片付けをして来い」と半ば強制的にルフィを自室へ押し込んだ。しかしこれもルフィ(の貞操)を守るためには致し方ないことだ。何か言いたそうにしていた二人も、行くななどとは言えずにただ立ち往生していた。
ゾロとサンジがルフィに好意を寄せているのに気付いたのは、ルームシェアを初めて半年程経った頃だろうか。ウソップは振り返る。露骨にルフィの取り合いをする二人は誰がどう見ても険悪な仲だった。過剰な程に鈍感で天然なルフィを振り向かせるには幾分苦労しているようだが、二人の朗報を聞いた事は一度もない。
ゾロは自室へ、サンジはキッチンへと足を進めた。平然を装っているが内心ではルフィの水着姿でも想像しているに違いない。
ルフィの部屋からは物音が止まない。ウソップに言われた通り部屋の片付けをしているようだ。いいなお前は呑気で。知らずにルフィを罵る。こっちはいつ何が起こるか分からなくてハラハラしているのに。
すると興奮状態だった所為なのかサンジが豪快にグラスを床に落とした。がしゃんと大きな音が部屋に響いた。


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