〔土曜日〕

昨晩ずっとすすり泣きを続けていたルフィは、泣き疲れたのかそのままマルコのベッドで眠りについた。マルコもベッドの上では寝ないものの頭だけを布団に預けてルフィと一緒に眠った。

「うおー、いてえ」
「そんなところで寝てるからだろ。何で頭だけ乗っけて寝てんだよ」
翌朝、マルコは首から肩にかけて駆け巡る鈍い痛みを覚えた。変な寝方をしていたのだから仕方がない。今となってみればなぜソファで寝ずにこんなところでしかも頭だけベッドに乗っけて寝ていたのかは不可解だが、きっと相当目の前の少年に目入ってたのだろう。首を押さえたり肩を叩いたりしながら顔をしかめるマルコを見て、上半身だけをベッドから起こした寝癖だらけの少年はばかだなと言って笑っていた。それから「そんなことするなら一緒に寝ればよかったのに」とルフィは言った。その言葉で一瞬二人の間に間甘酸っぱい沈黙が流れた。それができれば苦労しねえよい、と思ったマルコだが自分の気持ちに違和感を覚えてすぐにその思いを打ち消した。ようやく自ら言った言葉の意味を理解したルフィは、勢い良く首を横に振ってそういう意味じゃねえからなと焦ったように繰り返した。
それからマルコが重い腰を上げると、ルフィもベッドから素早く出てきた。
「ん?もう起きるのか?」
「え?だってマルコ起きるんだろ?」
「今日は土曜だよい。学生はもっと寝てろ」
マルコの腕時計の長針はまだ八の数字を指さない。早い時間とはいえないが、学生ならば唯一の二日間の休みにこんな時間で起床したくないだろう。しかしルフィはベッドへ戻ろうとはしなかった。
「いいよ起きる。何だかマルコと喋ってたら目覚めちまったから」
それより朝メシ朝メシ、と言ってルフィは早足で寝室を出て行った。寝室に一人取り残されたマルコは、静まりかえった部屋であの少年のことを考えた。ルフィの発する言葉一つ一つがとても気になって仕方がない。頭の中でそれを反芻する度に少し胸が痛くなる。昨晩のルフィの冷たい身体の感触はまだ手の内の鮮明に残っていた。
(…)
先程感じた心の内の違和感がどんどん自分を浸食しているような感覚がした。

それから二人昔通り向き合って朝食を摂り顔を洗ったあとは、何をすることもなくぼんやりとテレビを見ていた。すると咄嗟にルフィが「昨日は」と口を開いた。
「ん?」
「昨日はいろいろとごめん…」
ルフィが何も言わないので自分からもあまり持ち出さないようにしていた昨日の話を、彼本人が口にした。マルコはあくまで平然を装おうと「別にいいよい」とルフィの方を見ずに言った。
「何か…気持ちたかぶっちまって…ぴーぴー泣いてガキみたいだったな…ごめん」
彼の声はいつになく沈んでいた。マルコは何か言おうとしたが思い当たる言葉がなかったので結局先程と同じ「別にいいよい」をもう一度使った。自分の持つ語彙の乏しさに絶望した。
「マルコにあやまんなきゃなんねえのは昨日のことだけじゃねえんだ。ひどいこと言って勝手に出て行ったのにまた自分勝手に帰ってきて…わがまま言って…またマルコに迷惑かけて…」
ルフィの声がどんどん小さくなっていくのでマルコは焦った。今にも泣き出してしまいそうな雰囲気だったので、取り敢えずラックにかけてあったティッシュの箱をルフィの近くに置いてやってから、向かい合わせに座っていた席を外してルフィの隣りの席に座り直した。こういうときはどうしてやったらいいのだろう。
「友達の家にいってもなんかさみしくてかなしくなって…、…ああもうおれ泣いてばっかだな…」
ルフィはティッシュを二、三枚取ると乱暴に顔を拭いて鼻水をかんだ。背中をさすってやると彼は真っ赤にした顔をこちらに向けてにかりと笑った。
「昨日マルコに抱きしめてもらってすげえ安心したんだ。だからその分涙もたくさん出た。あったかくてやさしくて、本当におれマルコのことが…」
とまで言ってルフィははっとしたように口を噤んだ。両手で自分の口を押さえて何でもねえとまた首を左右に激しく振った。
彼はずっとティッシュを顔から離さないでいた。ちらりと辛うじて見える頬が赤いのは泣いている所為だと思っていたが耳まで火傷でもしたかのように赤くなっていたので、マルコははたと思った。すると胸の内に小さな火が灯った。その火はどんどん拡大していきやがて全身を包み込んだので、マルコも顔を紅潮させた。今まで塞ぎこまれていた感情が心の内に流れ込んでくる。先程感じた違和感はもう微塵もなくなっていた。
自分はこの少年に惹かれていたのだ。いつからかは分からないがいつの間にか、いい歳をした大人はまんまと小さな子供に心奪われてしまっていた。マルコは横で恥ずかしそうに身を縮める少年を見て、ようやく己の気持ちを理解した。


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