〔木曜日〕

「なあマルコ」
「ん?」
「おれ今日から友達の家に泊まろうと思うんだけど」
「は?」
マルコは目を丸くさせて、食パンを頬張っていた少年を見た。
秋の朝は少し肌寒く空気もひんやりとしている。唯一二人が一緒の食事をとるこの時間、ルフィは普段とは似つかない神妙な顔つきをしていた。朝ベッドから起きてからずっとこの調子だ。具合でも悪いのかと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
「どうしたんだよい急に」
「だってマルコ最初言ってたろ、友達の家に泊まったらどうだって」
ずいぶんと昔の話を持ち出すんだな、と思ったがよくよく考えてみればまだ三日前の話だ。確かに最初はあんなことを言ったが今は違う。離れてしまいたくない。マルコはまだこの少年と生活を共にしたかった。
いつの話をしてんだ、というマルコの言葉より先にルフィがまた口を開いた。
「おれ昨日怪我して思ったんだ。これ以上マルコに迷惑かけらんないって」
ルフィの顔の靄は晴れない。本心で喋っているのだということは彼の目を見れば一目瞭然だった。
「俺はお前を迷惑だなんて思ったことはないよ」
「いいよ、どうせ気つかってるんだろ?」
おれがエースの弟だから、と言った少年の大きな目にマルコは射抜かれて、それからは何一つ口から言葉が出ることはなかった。伝えたいことは山ほどあるはずなのに、それが言葉にならなかった。
結局ルフィはそれから席を立って朝食の食器を片付けると、「短い間お世話になりました」とだけ言って大きな荷物を手に家を出て行った。
マルコは椅子に座ったまま動けないでいた。いきなりのことすぎて頭が上手く回っていない。昨日の朝はあんなに幸せだったのに、今はもう天と地がひっくり返ったような最悪の気分だ。おまけに心にぽっかりと穴が開いたような喪失感が全身を襲う。本能的に腕時計に目をやった。もう仕事の準備をしなければならない時間だ。マルコはぱきぱきになった唇を噛んで、重い腰を上げた。

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やはり仕事は何も手につかなかった。上司に散々怒鳴られた気がするが何を言われたのかもさっぱり覚えていない。心ここにあらず、という状態なのは人から言われなくとも自分で気付いた。勤務時間を終えて家へ帰っても、マルコの心に一片の変化もなかった。部屋の電気も点けず真っ暗のまま、確かに昨日ルフィがいたソファにもたれかかった。部屋の空気が冷たい。朝でもないのに、ましてや冬でもないのに体が凍りついたような気分になる。
結局ルフィに電話番号を教えないまま別れてしまった。いや、しかしエースを仲介すれば連絡がつかないわけでもない。ああそういえばエースにはこのことを何と言おう。可愛い弟を野放しにされたと思ってそれはひどく怒るかもしれない。怪我をさせた上に家から追い出したなんて言って殺されずに済んだならマシな方だ。しかし今のマルコにはもうどうすることもできない。居場所が分からなければ連れて帰ることもできないし、そもそもルフィがもう一度マルコの家に世話になることを望むかが問題だ。
だから言ったんだ。人の世話をするのは苦手だと。
どうしたらいいのか分からない。ただマルコの頭の中からルフィが消えない。マルコはその夜、今日までルフィが眠っていたベッドを使う気になれず結局いつも通りソファで眠ることにした。


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