〔水曜日〕

身体はぐったりと疲れていて眠りから覚める兆しを見せなかったが、頭だけは妙に冴えてしまって結局今日はいつもより何時間も早い時間に起きることになった。時刻は昨日よりももっと早い午前五時。
何が悲しくてこんな早い時間に起きなくてはならないのだ。マルコは腕時計を見て眉を顰めた。
マルコの職業はお国に忠誠を誓う従順な公務員だ。これまでに金に困ったことは一切ない。独り身でいるから少し贅沢なマンションに住むこともできている。結婚する気は毛当にもなかったし、誰かと同棲するなど考えたこともなかった。だからこの家に自分以外の誰かが居るのだと思うと、神経が無意識に尖ってしまうのだ。別になにをされるというわけでもないのに、何だか心を休めることができない。
そんなことがあって通常なら、あの少年ルフィと同じ起床時間で全く問題がないのだが、マルコはまだ朝日が昇るか昇らないかの時間帯にはすっかりと目を覚ましてしまっていた。

それから二時間、とくにすることもなく簡単にシャワーを浴びて朝食を二人分作ってからはぼんやりと朝のニュースを眺めていた。
そしてようやく朝日が顔を出し始めたと分かる頃、寝室の戸が開いた。出てきた少年は寝癖を散らかせ眠たそうに目を擦っている。
「お早うルフィ」
「んーおはよー」
ぼりぼりと頭を掻いてルフィはテーブルについた。マルコはそれを見て、テレビの電源を消すとキッチンへ行きルフィに朝食をもてなした。
「わあ、またマルコ朝メシ作ってくれたのか?」
「ん?俺の飯はいやだったかよい」
マルコの言葉にルフィはすぐに「そんなことねえ」と首を左右にぶんぶん振った。
「でも本当におれ、ベッド貸してもらえるだけで十分だったのに」
「気にするな、ついでだよい。こんなことができるのも朝だけだしな」
夜はいつも帰りが遅いので夕飯は作ってやれない。昼飯も買わせているし、こうやって一緒に食事ができるのは唯一朝だけなのだ。
朝食を食べ終わるとルフィはすぐに制服を着て、七時半にはきちんと家を出て行った。マルコは玄関先でルフィを見送ってから、自分も仕事へ行く準備を始めた。

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午後十時、少し長引いてしまった残業を切り上げマルコはようやく仕事を終え家へ帰ってきた。玄関の鍵を開け家へ上がりリビングへ行くと、ルフィがソファにくつろいでテレビを見ていた。
「あっ、おかえりなさい」
そう言ってこちらに向けられたルフィの顔は、かさぶたや絆創膏だらけでマルコはびっくりした。しかし彼の顔はそんな傷をものともしない屈託の笑顔だ。
「お前どうしたんだよい、その顔」
「ん?これか?これは体育の時に頭からすっこけた」
「…」
何ということだ。原因は自分でないにしろ借り物に傷を付けてしまった。エースはかなりこの弟も盲愛していたから、こんなことが知れたら鬼のように怒り狂うかもしれない。何て理由をつけたらいいか解決策は見当たらないが、取り敢えずマルコはエースに連絡をしようと携帯を開いた。
「誰かに電話するのか?」
「お前の兄にだよい」
「何で?」
「何でってこんな傷だらけで帰ってきたんだから保護者に連絡するのは当たり前だろ」
するとルフィは「いいよそんなこと」と言ってマルコの携帯を取り上げた。ぱたんとその携帯を二つに折るとマルコのスーツのポケットにしまった。
「怒られるのは俺なんだぞ」
「こんな傷だらけで帰ってくるのなんかいつものことだ」
「いつものことって…お前足とかにも怪我してんじゃないだろうな」
「ほっときゃ治るよ。それじゃ風呂借りるな」
そのままルフィはマルコを通り抜けてリビングを出て行ってしまった。あの様子じゃ肯定さえしなかったが足にも怪我をしていたんだろう。隠したのはマルコに迷惑をかけたくないからなのか。若い者の考えることはよく分からない。マルコに言わせるなら怪我を知らせるより下着姿で家を徘徊されることの方が迷惑なのだが。
自分のものではないがルフィの顔に傷がついているのを見て、とてつもなく心配になって又ショックも受けたのを覚えている。あの少年が自分の息子でもないのにひどく不思議な心持ちだ。少しでも目を離したらどこか一人で遠くに行ってしまいそうで、一時も目を離すことができない。その上友人の弟を匿っているという責任感が過剰する。マルコはまた一段と神経を尖らす破目になってしまった。


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